2022年5月 1日 (日)

“現実からかけ離れた幸福感”

復活祭をピークに体のガタが出てクリニックに行った。頸椎のレントゲンとMRIを撮り、
診断は、骨の2か所にズレがあり神経を圧迫しているとのこと。慢性的に首が気になって熟睡できない状況が長いこと続いていた。どうも脳がどこかで支障をきたしているのか、体全体がこわばって手も震えてくる。これまで何度か病院で診てもらっていたが「老化です」で終わっていた。やっと「治療しましょう」となった。

まずは薬の処方。いくつか出されて一週間。出された薬は丁寧な説明書付き。副作用もたくさん並んでいる。しっかりと読むと飲むのも怖くなってくる。頭痛、めまい、吐き気などなど。その中で一つ毛色の違うものがあった。「現実からかけ離れた幸福感」。思わず目を疑った。どんな副作用なのか、病気の治療よりも、そのことに興味が行ってしまう。

「幸せを感じるような状況でもないのに幸せに感じてしまう」ということらしいが、よく考えると、薬でこの状況になるということは、薬が切れると逆になってしまうということになる。これはちょっとヤバいな。

ふと思い出した。阪神淡路大震災の時だ。町は焦土と化し、ど真ん中の潰れて燃えた教会で、電気も水道も機能しない中、瓦礫を片付け、たきびを囲みながら過ごした。その時、幸せな現実からは全くかけ離れているのに、幸せな不思議なひと時を過ごしたのだ。出会う人みんな、初めての人であっても、お互い気遣い、声をかけあい、とても優しくなれた、平和なひと時だったのだ。不思議な体験だった。

ところが、電気が通り水道も出るようになるにしたがって、不思議な体験は少しずつ消えて行き、辛くて厳しい現実が始まった。それは、一瞬垣間見た「神の国」だった。神さまは、大変な時に大切なものを体験させてくれる、と思った。

一瞬だったが、「現実からかけ離れた幸福感」は確かにあった。厳しい現実の中で、人との出会いの中で体験できたものだった。忘れはしない。この先どんなことが起ころうとも、お互い助け合って生きることができるのだと、今でも信じている。

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三田教会 神田裕

2022年4月 1日 (金)

祈り

神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。
(平和を求める祈り )

国を治めるすべての人のために祈りましょう。
神がこの人々の知性と心を導いて下さり、
まことの平和と自由がすべての人に与えられますように。
・・・
すべての権威の源である全能永遠の神よ、
国を治める人々を顧みてください。
あなたの恵みによって、安定した平和、生活の向上、宗教の自由が
どこの国にも与えられますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。
(聖金曜日 盛式共同祈願9)

2022年3月 1日 (火)

大きな木

「むかし りんごのきが あって… かわいい ちびっこと なかよし。…」…
シェル・シルヴァスタインの絵本「おおきな木」の始まりだ。少年の成長とともに歩んだ木の話。葉っぱで王冠をこしらえ、木によじ登り枝にぶら下がりりんごを食べる。それで木はうれしかった。少年は大きくなって、お金が欲しくて、りんごの実を全部持って行ってしまった。家が欲しくて、枝を全部持って行ってしまった。旅をするための船が欲しくて、幹を切り倒してしまった。でも木はそれでうれしかった。年老いた少年は、よぼよぼになって木のところに戻ってきた。木は言った。「このふるぼけた切り株が腰かけて休むのに一番いい」。少年はそれに従った。木はそれでうれしかった。
絵本の英語のタイトルは「The Giving Tree」。なんだか切なくて、悲しくて、それでいて温かくて。親と子の関係なのかと想像したり、神さまと私たちの関係なのかと想像したり、思いは巡っていく。

教会にも大きなイチョウの木があって、秋には銀杏の実を実らせ、黄色い葉っぱは敷地の絨毯となり、目を楽しませてくれる。私には大好きな木で、見る度にこの絵本を思い出す。ところが、イチョウの葉っぱは、教会を出て、隣のお家や隣の道路まで飛んで旅に出てしまう。ある晩秋の夜中、教会の横の道路を通っていて気が付いた。近所のおじいさんが背中を丸めて街路樹の葉っぱと教会のイチョウの葉っぱを掃除してくれていたのだ。イチョウの木は庭の隅っこの窮屈なところで、50歳ほどだけどとても大きくなりすぎた。大きく張った根は隣の石垣を侵食し、他の小さな植物たちの栄養も持って行ってしまう。大きくなればなるほど葉っぱたちはもっと遠くへと旅をする。気象変動の大きい今、巨大な台風で倒れやしないかと気が気でない。倒れれば家や道路は直撃だ。私たちの目を楽しませてくれるのはありがたいが、段々と厄介なイチョウの木になってしまった。どうしたものか、イチョウの木よ。「The Giving Tree」になってくれるか。

私たちの住んでいる人間社会にも「木」がいっぱいあって、中にはとても大きな木もある。ところが先月ビックリする出来事を見た。大きな木が小さい木の栄養分を吸い取ろうと露骨にまとわりついてきたのだ。現実の世の中、大きな木はその力でもって小さい木を栄養分として自らを尚も太らせる。人間社会の大きな木はとても厄介なのだ。

絵本の中の大きな木は、単なる理想の夢物語なのだろうか。大きな木が、自らの身を削ってでもちびっこと暮らしたことは、大きな木にとってはとてもうれしいことだったと、言える時代は来るのだろうか。

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2022年2月 1日 (火)

一期一会

教会に来ているベトナムの若者でこの正月に書初めの初挑戦をした人がいた。いくつかのお手本のサンプルの文字の説明を聞き、一つを選んで、見様見真似で書いた文字が「一期一会」だった。その人も遠い日本に来てやはり思うのは、流れゆく時の中で今この時を大切に、だったのだろうか。

先日、教会の前の道で、近所の子どもたち数人が縄跳び遊びをしていた。小学生の頃は毎日縄跳びをやっていた。二重飛びや三重飛びなんかも挑戦していた。大きな縄でみんな一緒に飛ぶのも楽しくて、逆から入るのも得意中の得意だった。見ていて懐かしく、微笑ましく、思わず「私も飛ばして」って言ったら、大きな縄をくるくる回してくれた。よし!背中にリュックを背負ったままで、右手にはスーパーで買った晩ご飯を持って、いざ!!最初の一飛びは上手くいった!すぐに二飛び目がやってきた。ところが、足を上げたつもりが全然上がってなくてもうひっかけてしまった。「あぁ残念。あかんわぁ」と言ってその場を去ろうとした。そしたら、一緒に遊んでいた子が、「ありがとうございます!」って大きな声で言った。え、ありがとうは私が言わなあかんかったのに。私もそれにつられて、「ありがとうっ!」て言った。体力のなさには愕然としたが、ありがとうの一言がとてもうれしかった。子どもたち、ありがとう!!

日曜日の公開ミサがまた中止となる事態になりました。軽症だと言われていますが、この感染拡大の勢いは凄まじく、とても心配です。こんな状況ももう2年近くになりました。早くこのコロナから解放されたい。そんな祈りが続きます。でも、こんな中にあっても、無駄な時はなく、「一期一会」の心を忘れずにと、祈らずにもいられない。

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2022年1月17日 (月)

たきび128号 2022/01/17

<かんちゃん日記>
コロナ禍の中であっという間に時が過ぎていきます。震災から27年が経ちました。思うように人と向き合って関われない寂しい思いの中で過ごすことが日常になってきました。孤独の中での閉塞感からか悲しい事件も増えてきているような気がします。TCCの仲間たちは、それでも、忘れ去られようとしている一人ひとりとのつながりが切れないように、たくさんの工夫の中で活動を続けてきています。手紙一つでも、LINEやメールでも、つながりが切れないようにしていきたいです。27年前にたかとりから発信したメッセージは今もそのまま生きています。カンダヒロシ

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<ベトナム夢KOBE>
ベトナム夢KOBEは、2021年で8年目を迎えました。現在の団体名に変更する前のNGOベトナムin KOBEは2001年に発足したので、昨年はたかとりコミュニティの一員として「在日ベトナム人支援」を開始して20年という節目を迎えたことにもなります。団体発足当時から、私たちは被災時のベトナム人と日本人との協働の精神を忘れずに、ベトナム人と日本人が一緒になって活動を行うことを大切にしています。「ベトナム人のため」でもなく「日本人のため」でもない、「同じ社会の一員としてのベトナム人と日本人のための団体」であるということが私たちの原点です。しかしながら、「一緒に活動を行う」ということは、決して綺麗事だけで語ることはできません。文化の違いを乗り越えようとする場合、往々にしてどちらかが「我慢」をすることになります。これまでスタッフ同士でも「我慢をし合う」ことが何度もありました。でも、最近になって少しずつ感じ方が変わってきました。それぞれが我慢をし合っているのではなく、互いを尊重し合っているのだと感じるようになりました。だからこそ、ベトナム夢KOBEはここまで続けてこられたのだと思います。8年目を迎えた私たちは、これからも多文化社会に暮らすベトナム人と日本人として異なる文化を尊重する大切さを伝える活動を続けていきます。ノガミエミ

<リーフグリーン>
阪神淡路大震災から27年が経ちました。当時幼かった我が家の子供たちも親となり、春には13人目の孫が生まれてきます。今振り返ってみると、あの未曽有の体験が私の人生のターニングポイントであったように思われます。それまでの私はいろんなものに縛られて、ただ生かされてきたようなところがありました。それが、神田神父様から背中を押されて、3人の仲間と「リーフグリーン」を自ら立ち上げることになりました。団体の運営も事業の計画も初めての事ばかりで四苦八苦、資金繰りも大変で救援基地から随分助けていただきましたが、自らの意思で行動することは楽しく、苦にはなりませんでした。「こんな事で困っているから助けて欲しいと思っている人と、こんな事なら提供できるよと思っている人がうまく出会い、助け合ってお互いに幸せであること」を理念に掲げて、これまで歩んできました。私自身、良い関係が築けた時ばかりではなくお互いに傷つけあった事もありましたが、多くの仲間に支えられ、多くの方々との出会いと別れを繰り返す中で育てていただきました。これからの「リーフグリーン」を若いスタッフたちがどう育てて行ってくれるのか、楽しみに見守っていきたいと思います。ヨシモトカツコ 

<多言語センターFACIL>
昨年もコロナ禍に振りまわされた一年でした。1月から9月まで事務所の人数が半分以下になるようにテレワークをしていました。緊急事態宣言の解除後、10月からやっと全員が出勤できるようになり、それまで止まっていた対面の事業も動きだしました。そんななか、医療通訳システム構築事業で培ってきた実績と経験を活かし、神戸市コロナワクチン接種会場での通訳を行いました。7月はハーバーランド大規模接種会場に木曜日と土曜日、日曜日、祝日に、8月から11月まではノエビアスタジアム大型接種会場に土曜日、日曜日に(10~11月は祝日も追加)、英語、中国語、ベトナム語の通訳者が常駐しました。延べ英語39件、中国語18件、ベトナム語465件、計522件の対応をしました。件数もさることながら、接種に来られたみなさんと医療従事者や会場スタッフの方々のあいだの「ことばの壁」を乗り越えるサポートすべく臨機応変に駆けまわる通訳者の姿は現場に大きなインパクトを与えました。地域社会に外国にルーツを持つ人々がたくさん住み、働き、学び、みな同じように不安を感じ過ごしていること、そして同時に「ことばの壁」を乗り越えるために活躍し、多文化・多言語化した地域社会を支える人でもあることが可視化したのだと思います。2022年こそはコロナ禍が収束し、いろいろな人と会い交流できる年となりますように。リユミ

<ワールドキッズコミュニティ>
ワールドキッズコミュニティは、あの震災で気づかされた多くのことの中で、外国につながる子どもたちの教育環境の改善が、日本の教育環境そのものを問い直すことになるのだということにこだわって、活動を続けてきました。日本には、何らかの理由で義務教育を学び直したいと思う人たちの最後の砦となっている夜間中学があります。そこに、不登校になってしまって学べなかった人、貧困により幼少の頃から家業を手伝っていた在日コリアン、外国から親に連れてこられて日本の学校の授業についていけなかった日系人など、識字率の高さを誇っているはずの日本社会で、形式的な卒業をせざるを得なかった人たちが通っています。不登校になってしまっている子どもたちの数がどうして増加しているのか、子どもの貧困状況から生まれている子ども食堂がなぜ必要なのか、どうして日本語が母語ではない子どもたちが授業についていけないのかなど、根本的な解決が叫ばれている日本の教育環境そのものの現状が浮き彫りになっています。外国ルーツの子どもたちの教育環境を、その保護者とともに改善しようという活動の意義が、こうして可視化されてきました。すべての子どもが、楽しく学べる環境は、多様性を生かしたまちづくりにつながっていきます。これからのキッズの活動は、昨年からFACILの一つのプログラムへと移行を進めています。これからもどうぞよろしくお願いいたします。ヨシトミシヅヨ

<ひょうごラテンコミュニティ>
新年あけましておめでとうございます。昨年もコロナによる影響で、大変辛い年でしたが、皆様のご支援のおかげで活動を続けることができました。本当に感謝の一年でした。ありがとうございます。昨年も、フィエスタペルアナやラテンクリスマスなどイベントを開催せずに、情報発信に力を入れました。その成果だったのか、会えなくても遠くても繋がりが広がったと思っています。そうした中で、嬉しいニュースがありました。それは、私たちの防災に関する活動を知り、学びたいと言ってくださるペルーの現地の方たちと繋がれたことです。日本だけではなく、世界で、私たちの活動を見ている人がいるんですね。今年は、その、繋がった現地ペルーの方たちと新しい計画が進んでいく予定で、さらに忙しくなりそうです。また、国内に目を向けても、コロナ終息は、まだまだ先のようですが、皆が明るい気持ちで安心して暮らしていけるように、支援を頑張っていきます。では、今年もどうぞよろしくお願いいたします。2022年、皆様にとって、幸多き一年となりますよう心よりお祈り申し上げます。オオシロロクサナ

<アジア女性自立プロジェクト>
今年は団体設立して28年目、2024年には30周年を迎えます。10周年、20周年には、講演会やパネルディスカッションなどを開催し、多くの方に参加いただきました。さて30周年にはなにをしようか、スタッフの間でも話題に上るようになりました。あと2年、まだ先のような気もしますが、コロナの2年間を考えるとあっという間にやってくるように思います。この28年の間で私たちとともに活動してきたアジアの女性たちとともに28年重ねてきました。ライフサイクルが次第に変わり、それぞれのニーズや環境も変わってきつつあります。私たちの側も、新しい感性で新しい活動を展開しようとするボランティアが参加してくださり、大きな力になっています。昨年は新しいフェアトレード製品ラインナップを投入しました。販売環境が厳しいのは承知の上、仕事づくりを支えあうという思いだけで乗り切ってきました。おかげさまで買ってくださった方から「これいいね!」と言っていただけたり、オーダーがすごくうれしいと生産者のアジアの女性たちの励みになったりと、やっててよかった、と感じます。またコロナも相まって人の孤立の問題が深刻になっています。AWEPでも国籍などにかかわらず女性ならだれでも気軽におしゃべりできる集いを定期的に開催しました。とても緩やかではありますが、場を開き続けることでいつでも、だれでもどうぞ、気軽に集いましょうというメッセージを伝え続けたいと思います。今年もみなさんとともにAWEPを様々な活動の場としていきます。ナラマサミ

<AMARC>
新年おめでとうございます。阪神淡路大震災と東日本大震災の経験を活かして、JICAの支援を得てインドネシアで2017年7月から取り組んできた「コミュニティラジオを活用した地域防災力強化事業」が今年3月に終了します。日本とインドネシアにおける「コミュニティラジオと防災」に関する経験を両国の関係者が共有し、互いの活動に活かすとともに、国を越えた人的なネットワークを広げることができました。特に、大きな災害が発生した際に日本と同様にインドネシアでも、情報通信省の省令に基づいて臨時災害ラジオ局開設の放送免許が被災地の団体に交付されるようになったことが大きな成果となりました。臨時災害放送局の制度化は日本に続いて世界で二カ国目です。セミナー開催、地域防災計画の改訂支援、SNSを活用した広報、書籍やブックレットの発行など、可能な限りの活動と手段を使って、災害時にすぐさま臨時災害ラジオ局が開設され、被災者が生き抜いていくたの情報を受け取ることができる、中身の伴った制度にするための活動に現地の仲間達とともに尽力してきました。その原動力となったのは、2004年のスマトラ沖地震・津波以来、大きな災害が発生しても臨時災害ラジオ局を開設できなかったり、あるいは開設が月単位で遅れてしまったことの悔しさであることを、一緒に活動をして感じる場面が幾度となくありました。草の根レベルの活動ですが、こうした思いが社会を動かし、国を超えて協力できたことはい大きな喜びです。昨年12月にインドネシアのジャワ島東部で火山が噴火し、火砕流で60人が犠牲になり、5千人以上が避難生活を送っています。現地の仲間たちが早速、被災地に駆けつけて、火山から近い町で緊急放送を始めています。ヒビノジュンイチ

<FMわぃわぃ>
こんにちは、コミュニティメディアFMわぃわぃです。1995年阪神・淡路大震災、神戸長田にはたくさんの在日コリアンが住み、地域のお役をする人、本名で自分らしく暮らすコリアンがたくさんいました。にもかかわらず、避難所の登録には「思わず通称名(日本名)で登録した」と忸怩たる思いを語る友人たちもいます。その思わず「日本人のふりをした」というこの社会にある圧力や、マジョリティ目線の常識から見落とされる人々の存在を顕在化させる、そのために生まれそして発信し続けているのがFMYYです。違いを持つ仲間がいることで多くの気づきが生まれます。先日一緒にお昼を食べながらふと見たテレビの紛争、難民のニュース、ベトナム人の友人が一言、「わかるわ、あの気持ち」。さっき見たニュースは遠い世界の話ではなく、私の前にいる人が経験したこと、今まさにミャンマーでアフガニスタンの人々が、どんな思いで、自分の住まいを自分の国を捨てるのか、友人の一言に気づかされ胸が迫ります。震災から2週間後に「FM여보세요(ヨボセヨ・もしもし・韓国語)」が生まれ、そして3ヶ月後に「FM Yêu Mến (ユーメン・友愛・ベトナム語)」が生まれ、言語だけではなく、震災という災害が浮き彫りにした社会の中で孤立したり、排除されることがあったり、あるいは声が上げにくい状況にあるいろんな人々がいることを発信し続けてきました。その形態はラジオからネットへと変遷しましたが「誰もが自分のままで幸せに生きる」そんな社会を目指すという基本は変わりません。社会は確かに前進しよくなってきました。しかしながら、暗澹とするニュース、信頼に足る政権とは言い難いという思いがあるのも事実です。たとえ何が起きても、一人ではない、取り残されはしない、排除されたりはしないという温かな社会になっているとは言いにくい?でも震災の時確かにあった「人が他人のことを気に掛ける」そんな声を届け続けるため、FMYYのスタジオはいつでもあなたのおいでをお待ちしています。キムチアキ

<野田北キッズ>
「コロナに勝つには」自然を味方にするがよい。今年は「コロナ」のことばに生活のリズムをふり回されている状態が続いています。最近は、新型コロナウイルスの新型異株「オミクロン株」による感染拡大を止める為のワクチン接種を米国では義務受けると伝えられています。私たちはいつになったら、落ち着いた日常生活を送ることができるのでしょうか。コロナで不登校、ひきこもりの子供が急増しています。2020年度の小中学生の不登校児童生徒数は19万6127人、高校でも不登校数43051人、自主休校9382人となっています。中学では、24人に1人の割合です。近々では、地震や天候異変が発生、日々の生活のサイクルが思うように回っていない実情があります。この状態を見るに、将来の日本の国の展望を深刻に考えなければと思う。ところで、本誌の題名が、「たきび」とあり、毎年それぞれの団体の皆さんからの主張を楽しみにしています。「たきび」とあれば、童謡を思い出し、口ずさみながら登校前を楽しみました。家の前の稲を刈り取った田んぼの真ん中に、稲藁、枯葉、枯れ木、枝豆のさやをおじいさんが燃やしでくれ、束の間の暖を楽しみに近所のガキ大将とたわいのない話をするのが、日課となっていました。たまには、焼けたサツマイモを取り出して振る舞ってくれるのを楽しみにしていたのを思い出します。暖をとりながら、家での話、学校での話、放課後の話等今思い出しても楽しいです。翻って、現在の子供たちの家や広場での生活を見ていると、マスクをつけた子供たちが人数グループになって精々鬼ごっこやゲームかを見るにとどまります。また、自転車に乗ってグループで横道を走りまわっているか手打ち野球などをしているかです。高学年では四阿の下で、ほたえているか、宿題を出して友達と考え合いをしたり、家の中で遊んだりしているのを見かけます。兎に角。戦後の様に群れて遊ぶことを忘れた子供集団が多いことです。遊びをつくり出し、面白さ楽しさ、考えて生み出す。面白くして遊びを楽しむことがあまりないようです。学習することは机の前に座ってすることばかりでなく、自然界に飛び込んで課題を見つけて挑戦することでしょう。野田北部自治会の青少年部では、「キッズクラブ」としてこれまで色々と活動しています。11月13日(土)に「望遠鏡を作って、秋の夜空を見ませんか。」の会を夕方6時から3時間ほどかけて、様子に高校生のOB会、地元の中学生・会社員に応援を求めて開催しました。参加者の感想。「作るのもとても楽しかったし、自分の作った望遠鏡で見てとてもきれかった。夜空はお月様がなくてさみしかったけど、町のかんばんや街灯の光もきれかったです。」と。参加された親御さんは、「3D宇宙旅行を初めて見て感動しました。すごくわかりやすかったです。工作も丁寧に教えていただきうまく作れました。予想以上に楽しかった。また開いてください。」と。参加された親御さんが機して、少し程度が高くても、丁寧にアドバイスすれば、友達やお家の方と楽しく理解きる証となっていることが解ります。この事に気が付かれたてこの催しが来てよかったと思われているのです。「人間的な成長の機会と造る」ことが子供の成長の土台になる。黒田浩平様(希学園学園長)が、書かれていたのを新聞で見て、同じことだと思い大変嬉しかったです。野田北部自治連合会 イワタマサユキ

<ひょうごんテック>
久々のテックカフェを実施しました。2011年の3月と4月に「LibreOfficeオンライン講座です。新たにYouTubeチャンネルを作成し、その内容を公開しています。定例となったオンライン・公開世話人会も、会議はもちろんグチやマニアックな話題もでてきて、世話人以外の方の参加もときどきあります。事務局のオガタさんからたかとりの様子も聞いたりします。9月には世話人会に「最近のパソコン事情ってどう?」というサブタイトルをつけたりしました。興味ある方は tech@tcc117.jpにどうぞ連絡を。ここ数年でNPOのIT事情も変化していきます。クラウドベースのデータベースや会計システムを導入している団体もあります。一方手元のパソコンを中心に作業を行っている団体もあります。たかとり内外でさまざまなパターンがあります。NPOの基本業務も改めてクラウド化が進んでいます。しばらく前にWeb上にある古くからのデータベースが、技術的メンテナンスがなされないままサイトが消滅し復活の必要があるという問い合わせがありました。「最近インターネットが使われ始めた」と言っていたのは昔のこと、古い情報を残すためのシステム作りも重要になっています。そして、多くの人がデータを共有して作業していくときの、団体内・団体間のセキュリティ運用の取り決め作成・確認という話題も出はじめています。することは尽きません。また一年よろしくお願いいたします。ヨシノタロウ

 

2022年1月 1日 (土)

2022年 TCC新年挨拶

https://youtu.be/P6eUHbJ494M

みなさん、新年あけましておめでとうございます。たかとりコミュニティセンターの神田裕です。神戸市長田区海運町にあるFMYYからインターネット放送を通して新年の挨拶をお届けしています。

1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災。その時、全国から救援に駆けつけて下さった仲間たちと共に、私たちの活動はスタートしました。そして、もうすぐ震災から丸27年を迎えます。

新型コロナウイルスが世界に猛威を振るい始めて早2年が経ちました。ウイルスは、収まったかと思えば、また姿かたちを変えて猛威を振るい、まるで終わりがないかのように、私たちはウイルスに翻弄され続けています。

地球規模で起こっているこの巨大な災害時に、きっと世界は、地域の壁を越えて協力し合い、この災害に立ち向かって、新たなつながりを見つけて行くのだろうと希望を持つのですが、現実はなかなか難しいようです。また、私たち自身も地球上のウイルスとなってしまい、生命の母体であるこの地球の環境をもむしばみ続けています。

日々想定外に起こる日常の「出来事」に、私たち自身が振り回されないようにしたいものです。どれだけ準備をしていても、自分の思うように「出来事」は起こってはくれません。すべての「出来事」を心にとめ、その中に意味を見出し、明日へとつなげていくことは、私たちの生きていることの証となるはずです。

私たちの日常の生活は、見えるものには敏感に反応し、身を守る術も学んできました。自然災害が起こった時の経験によって、人の命を守る工夫も習得し始めてきました。しかし、見えないものへの対応は中々難しいようです。見えないものへの想像力が必要です。ウイルスのことでもありますし、一人ひとりのことでもありましょう。

まだまだ不安でいっぱいですが、こんな時にこそ、自分のことだけではなくて、隣の人のことを思いやれますように。そして、人と人とが分断されてしまわないように、お互いが傷つけ合うことがないようにしたいものです。

今年6月には阪神淡路大震災から10000日を迎えます。色々な出来事を一歩一歩踏みしめながら、積み重ねて、10000歩を歩いてきました。去年一年は、地元地域で、震災復興のまちづくりに多大な貢献をして下さった方々が次々に亡くなられました。寂しい限りです。10000日をもって、震災まちづくりの節目が来たのかと思わされます。でも、別れは新たな始まりです。震災から始まった、まちづくりひとづくりは終わりません。震災10000日を迎える6月からは、震災まちづくりのニューノーマルが新たに始まることでしょう。

27年前の阪神淡路大震災から活動が始まった たかとり救援基地には、今も10の団体が元気に活動を続けています。アジア女性自立プロジェクト、ベトナム夢KOBE、多言語センターFACIL、ひょうごんテック、ひょうごラテンコミュニティ、リーフグリーン、ワールド・キッズ・コミュニティ、AMARCJapan、野田北ふるさとネット、そしてFMYYです。

震災の時、私たちはお互いを励まし合うため声をかけ合いました。声をかけ合うことによってお互いを知ることができました。お互いを知ることによって、まちづくりが始まりました。たかとりコミュニティセンターはこれからもそのことを忘れません。一人一人が大切にされ、誰一人忘れ去られることのない まちづくりひとづくりを目指して、今年もあなたの元へと飛んで行きます。

https://youtu.be/P6eUHbJ494M

2022/01/01
たかとりコミュニティセンター
代表 神田裕

2021年12月 1日 (水)

しおやの風

塩屋の山間にある神戸少年の町の一番てっぺんに、祈りの場である聖堂があります。朝早くからこの聖堂に子どもたちもスタッフも一同に集まり、祈ることから一日が始まりました。しかし時は流れて、聖堂は古くなり、物置と化して、共に祈ることもなくなってしまいました。地震では持ち堪えたものの3年前の台風では壊滅状態となり、とうとう解体せざるを得なくなりました。

聖堂の跡地に立って周りを眺めると、六甲山系の西端が見え、海を越えては淡路島が見え、目を閉じれば、しおやの風が吹いています。時に心地よく時に厳しく、この風は75年間、祈りと共に子どもたちの上に吹き、頑張れよと励まし続けてきてくれました。

祈りはとても大切です。形式的なもののことを言うのではなく、子どもたちの成長を心から願うスタッフたちの毎日の働きは祈りそのものです。子どもたちを通して、家族を知り、社会を知り、そして与えられたいのちの大切さを、祈りを通して深く知って行きます。

ここはこれからも、しおやの風に励まされながら、心からの祈りの場所であり続けて行くことでしょう。父と子と聖霊とともに。


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2021年11月 1日 (月)

なんで神父なんかに。。。

なんで神父なんかになろうと思ったのか? と友人たちからこれまでも度々質問されてきた。よほど違和感があるのだろう。敢えて聞かれてしまうと返答に困ってしまう。

教会は老若男女多国籍、ゆりかごから墓場まで。こんなところは他に中々類を見ない。昨日は赤ちゃんの祝福式、今日は結婚式、明日はお葬式と、毎日が人生の縮図なのだ。そう見れば教会は人間味が豊かで面白い。

ただ現実は中々面白いと言ってはおられない。男は女を理解できないし女は男を理解できない。老人は若者を理解しないし若者は老人を理解しない。いわゆる健常者は障がいを持つ者を理解しないし障がいを持つ者は健常者の言う普通というものが理解できない。外国人がマイノリティであるうちは世話をするがマジョリティになってくると目障りになる。長年にわたり教会に関わるものと年月が浅いものの間には溝がある。過去は大事だが未来を見据えない。弁が立つ人は寡黙な人を抑え込む。理屈が先に立つ人は人を傷つけやすく自分を表現するのが苦手な人は傷つきやすい。深入りすると面倒なので浅く関わろうとするが、思い直して何か奉仕をと一生懸命にし始めた途端に、何もしない人に腹が立ってくる。おまけに、善意は仇になって返ってくる。

教会というところは実に厄介なところなのだ。関わらない方がよっぽど心の健康を保てるようにも思える。しかしよくよく考えてみると、教会は何も特別ではなく世間そのものなのだ。ただ世間と違うところは、同じ信仰を持つ者たちが、家族のように否が応にも関わらざるを得ないことだ。関わらざるを得ないから学ぶことができる。教会は社会の縮図なのだ。教会を通して実際に生活をしている社会を理解し、何を大切にして生きるのかの準備をしているのだ。

なんで神父なんかに? それは聖なる生き方をしたいから?! 聖なる生き方とは俗から離れることとは思わない。聖なる神が誰一人見捨てることなく一人ひとりを大切に関わる姿に倣って自らの生き方とする。教会は選ばれし者だけが集う会員制クラブではなく大衆酒場だ。わっさわっさと関わりながら、み言葉を頼りに希望の光を探したい。

2021年10月 1日 (金)

ゴリラネーム

緊急事態宣言が9月末で解除され、10月から若干の日常生活が戻ってきた。日曜日の公開ミサも始まる。とは言え、まだまだコロナ禍の真っ只中で、非日常の最中だ。

26年と半年ほど前にも、私たちは非日常を経験した。震災で全壊した神戸市長田区にあるたかとり教会には、次の日からすぐに救援物資を携えて全国から多くの人々が駆けつけてくれた。水やおにぎり、そして防寒具などなど。焼け跡のなかで焚火を囲み寒さを凌いだ。そして教会は震災救援の拠点となっていった。

人が集まればリーダーが必要になる。その要の役を担ってくれたのはAAの仲間たちだった。つまり、アルコール依存症の人たちだったのだ。AAとはAlcoholic Anonymousの略で、無名のアルコール依存症の仲間たち、と言えばいいのか。普段から毎日どこかに集まって、一人ひとりが語り、今日一日飲まなかったことを確かめ合う。Anonymousなので、お互いを呼び合うのはニックネームだ。社会の中でつけられた名前や肩書では決して呼び合わない。

そんな仲間たちがボランティアをまとめてくれたので、当然の如くに、たかとりのボランティア全員にニックネームがつけられ本名で呼び合うことはなかった。たかとりのボランティアはAnonymous、つまり無名のボランティアたちだったのだ。肩書きや名前はあえて語らず無名だったのだ。たかとりのボランティアたちはゴリラと言われた。なのでニックネームもゴリラネームと言われた。

社会の中で名前や肩書きではほんとうの自分が見えにくく、息苦しくて生きにくい。無名でボランティアをすることは、自分自身を取り戻し、生きることの回復でもあったのだ。無名な非日常は、人生の中で大切な時なのだ。

(シリーズ名前 その3)

2021年9月 1日 (水)

心にもワクチンを

緊急事態宣言が発せられました。そして、教会も日曜日の公開ミサが中止となりました。何度目となるのだろう。宣言が出されてからもコロナの感染者は増加の一途をたどっています。皆さんはもうワクチンの接種を受けられましたか。接種するかしないかはそれぞれ皆さんの考えもあるのでどちらでもいいかと思いますが、接種すれば自らが重症化する確率は減ると言われています。ただ、そうは言っても、感染しないわけでもなく、人に移さないわけでもないようです。まだまだ、マスクや手洗いを怠らないようにし、密を避けることは続けなければなりません。ただ、健康のためには、蜜は摂取しておいた方がいいかな。(^^;

ワクチンがコロナ対策で重要なことは確かですが、変わりゆく情勢について行くことができなくなり、心までコロナに感染してしまっては大変です。心にもワクチンを打っておく必要があるようです。人はひとりでは生きて行けないので、お互いが直接に触れ合い、支え合い、エールを交わし合うことはとても大切なワクチンです。でもそのことさえも阻害され、気軽に声をかけ合い誘い合うことすらできないでいます。やはり今は、心にワクチンは打てないのでしょうか。

コロナという世界的な大災害の中に私たちは生きています。地球規模で助け合って生きて行かねばならない時であるにも関わらず、世界の、そして特に今、アジアの各地では人災という大災害の中で、多くの人々がさらに絶望の闇に吸い込まれそうになっています。遠くの出来事であっても足元の出来事のようで心が痛みます。祈らずにはおられない。そして、何もできないでいる自分にも祈りたい。祈ることさえできなくなる、そんな無力感や虚無感に押しつぶされることのないように、祈ることでお互い支え合って生きたいです。

よりよき未来を信じて、希望を失わず、愛するという行いが、生まれてくることを願って、祈りたい。祈りは優しくて力強い。できないことをできることに変えて行く力を持っている。
祈りというワクチンを接種しておこう!!

2021年8月 1日 (日)

アンネの薔薇

先月半ば、日曜日のミサ後、教会玄関の花壇の手入れを数人の方がしてくださった。Tさんはうっかり薔薇の木のトゲに手を出してしまい、血だらけに。おまけに口元に手を持っていってマスクも血だらけに。敷地内には古井戸もありまるでキモダメシのように。

聞くところによると、Tさんが怪我をしてしまった薔薇は、数年前にK教会のYさんが寄贈くださった薔薇だということ。アンネ・フランクの父、オットー・フランクさんから日本へ2回目に贈られた薔薇を接ぎ木したものだとか。

折しも、波乱ずくめの東京五輪が始まろうとしていた矢先、過去にホロコーストを笑いのネタにしていた五輪関係者がいたことが明るみに。出来事への痛みを共感できないということか。強きものが弱きものを平気で蹂躙できる世の中は昔も今も変わっていない。

雑草の中に埋もれていたアンネの薔薇。Tさんの痛い思いで再認識されたこの薔薇は、また黄色の花を咲かせてくれるだろう。人を殺戮することまで正義と化してしまう戦争の恐ろしさと犠牲になった人々の痛みを、この薔薇と一緒に共有し、同じことが繰り返されないよう、自分自身へも伝えていくことができますように。


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2021年7月 1日 (木)

となりびとの名前

あれから26年と半年。大震災で全壊した神戸市長田区にあるたかとり教会。教会内で一緒に被災したのは、私を含めて、助任神父、まかない家族、居候の八人。それぞれが命からがら這い出し、真っ暗な中、崩壊した聖堂わきに集まり、お互いの無事を確認したのがすべての始まりだった。

空が明るくなると、門の外には、寒さを凌ぐため布団を体中に巻き付け、どこへともなくウロウロする人たち。門を開け、その人たちをまず教会敷地に招き入れた。崩れかけの建物の中から畳を引きはがし、庭に敷き、休んでもらった。頭から血を流している赤ちゃんもいた。よく見るとみんな素足だった。余震の恐怖の中、崩壊はしなかった司祭館の部屋に、意を決して戻り、せめてもと、ありったけの靴下をもって出た。しばらくすると畳を敷いた庭が地割れしだしたので、ここは危険と判断し駅前に移動するように呼び掛けた。その後、町の火災が段々と教会まで迫ってきて、とうとう教会もほぼ全焼となった。私は、もう一度意を決して司祭館に戻り、教会の大切な台帳などの書類をリュックに詰めて持ち出した。あとは、燃え崩れる教会をただ茫然と見届けるだけだった。

教会の敷地の外ではそうではなかった。地域の人たちは、燃え広がる火災を背に、まだ建物の下敷きになっている人たちの救出に奔走していた。「おーい、○○さんはいるか?!△△さんはどこだ?!」と名前を呼び、本人確認をしながら近所の人たちを救出していた。町の病院の寝たままの患者さんを一人一人担ぎ出してもいた。

私は、震災当日は救出活動をしなかった。というか、できなかった。近所にどんな名前の人たちが住んでいるのかさえ知らなかった。もちろん名前を知らなくても救出できたはずだ。ところが、普段から名前を知らなければ、いざという時に、顔さえも出てこず、住んでられることさえも認識せず、結局は人の命に何もしなかった自分を目の当たりにした。

震災当日、私が意を決したのは、靴下と教会台帳を取りに行ったことだった。日曜日に祭壇から人々に向かって、「隣人を愛しなさい」と聖書の言葉を語っていた自分が、一番隣人を愛していなかったことに、愕然と気が付いたのが、あの大震災だった。

(シリーズ名前 その2)

2021年6月 1日 (火)

吾輩はあめちゃんである

吾輩はあめちゃんである
どこかで聞いたことのあるフレーズ。私の名前はあめちゃんです。小学校1年生の時から高校を卒業するまで、私の名前はあめちゃんだったのです。学校に行くと色々と名前で茶化されたりするのですが、最初に言われたのが「カンロ飴」だったのです。カンダに引っかけてのカンロだったのでしょう。それが短縮されてあめちゃん。それ以来、実に12年間の学校生活の中で私の名前はあめちゃんでした。国語や算数の時間に先生に当てられるときも「はい、あめちゃん」。クラブ活動の先輩からも「こら!あめ!」。そんな12年間でしたので、卒業してから神田くんと呼ばれてもしばらくは誰のことかと気が付きませんでした。あめちゃんと呼ばれると友だち仲間との原点がよみがえります。

吾輩はひろっちんである
生まれてこのかた出身教会内では、私の名前はひろっちんです。ひろしだからひろっちんで他に理由はないですが、親戚一同含めてひろっちんかひろっちゃんです。今でも教会仲間ではやっぱりひろっちんです。ひろっちんと呼ばれると教会との関わりの原点がよみがえります。

吾輩はかんちゃんである
神学生時代はかんちゃんでした。神学院祭で仲良しのT神学生と出店した駄菓子屋の名前は「たっちん&かんちゃん」。院内卓球ダブルスで優勝したのもたっちん&かんちゃん。そして、神父になったころは神父と言われてもピンとこずでしたが、教会ではそのままかんちゃんと呼ばれるようになって、私はそれでちょうどよかったのです。かんちゃんと呼ばれると司祭生活の原点がよみがえります。(因みに、神戸で震災をともにたたかってきた地元地域の繋がりもかんちゃんです)

しかし、教会ではちゃんと神父さんと呼びなさい、との声が多くて、段々と「しんぷさん」になってきました。今ではやっと私も慣れてきたのか「しんぷさん」はニックネームのように思えてきました。実際に「神父」とはニックネームみたいなものですけどね。

これまでの人生、三つの呼ばれ名があるけれど、中身は一つで同じmyself。生まれたときに与えられた正式な名前はあるけれど、生きて関わる社会によって愛称として色付けされていくのですね。いまだに、神田さんと言われると、それ誰のことって思ってしまいます、、
as you like…

(シリーズ名前 その1)

2021年5月 1日 (土)

魔法の言葉!

「アブラカダブラ」「ビビディバビディブ」「チチンプイプイ」「マハリクマハリタ」「テクマクマヤコン」「エロイムエッサイム」「ブフウ」「インヴィノヴェリタス」「シビレバアチャンハラベロン」「クワバラクワバラ」「ギャテイギャテイハラギャテイ」「アメン」などなど
魔法の言葉はたくさんある。

私が大切にしていた魔法の言葉はこれ!「Supercalifragilisticexpialidocious
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」。生徒手帳に書いて忘れないようにしていた。傘を差して空から舞い降りてくるメリー・ポピンズの映画の中での魔法の言葉だ。行き詰ったときに魔法の言葉を口ずさむ。なんだか目が回りそうな魔法の言葉だけど口も頭も回るようになる。この魔法の言葉で元気が出てくるのだった。

怪我をして泣いていると聞こえてきた魔法の言葉は「痛いの痛いの飛んでいけぇ」。不思議と痛いのが飛んで行ってしまうのだ。ただ薬がわりにと付けられた魔法の唾はいらないけれど。

生きて行くのは何と疲れることかと思い悩むとき聞こえてくる魔法の言葉は「ありがとう」。自然と笑顔になってしまう。ただ遠くにいる人には言えるけれど一番身近にいる人には中々言えない魔法の言葉だ。「ありがとう」の反対が「あたりまえ」と言われる所以もそこにあるのだろう。「言わなくても分かるだろう」なんて、気持ちを察するつもりでいても大概は言わないと何も伝わらないし分からないものだ。言葉だけではなく体全体を使ってでも気持ちを伝える努力はいつも必要だ。今はコロナでハグはできないけれど。

いざという時にイエスを裏切り逃げた弟子たちが、社会におびえ自らの嫌悪感に苛まれ後悔に打ち拉がれて部屋に閉じ籠っていたときに聞こえてきた魔法の言葉は「あなたがたに平和があるように」。思いやりとやさしさに満ちたこの魔法の言葉によって弟子たちの閉ざされた心は開かれ、体を張って隣人を愛する生き方に方向転換し始めたのだった。

魔法の言葉。言葉は魔法。呪いの言葉や罵る言葉は自らをも死に向かわせる。平和を呼び込みいのちを育む魔法の言葉を大切にして生きたい!

2021年4月 1日 (木)

風船に乗ってどこへでも行ける🎈

父親は、私が物心ついた時にはすでに、毎朝、自転車に乗って教会へミサに行き、自転車で家に戻ってから朝ご飯を食べ、電車で仕事に通っていた。雨の日も風の日も、それこそ台風の日でも朝のミサに自転車で出かけ、それから仕事に行っていた。定年退職後も、毎朝自転車でミサに出かけた。それだけではなく、遠くまで自転車で買い物にほぼ毎日出かけた。時々、梅田や難波で父親の後ろ姿を見て目を疑ったこともある。だんだんと行動範囲を広げるのはいいのだが、信号を平気で無視して危険極まりない。

神父さんにもう来ないでと言われた時も、それでも隣の教会に自転車で朝ミサに行っていた。晩年は、雨の中で立ちつくすやら、帰る道を見失うようになった。とうとうペダルまで足が上がらなくなり、自ら自転車を諦めざるを得なくなった。

もう出かけないと思ったのも束の間、今度は足だけを使って出かける。歩行補助器や車椅子なんかも引きずりながら出かける。止まらない。温泉にもヨタヨタと出かけて行った。ある日、温泉に浸かりながら駄菓子をたくさん持ち込んで食べていて怒られた。それでもめげずにまた別の温泉に行っていた。

毎朝ミサに行くのもいいのだが、教会事務所が長年の自室のようになり誰も触ることができない。ある時、教会の人たちと協力して私物をすべて出して事務所から追い出した。さすがに憤慨したが、またケロッとして朝ミサには行っていた。その頃には夜中にも出かけて行ってしまい何度お巡りさんのお世話になったことか。妹はその都度引き取りに行っていた。

そして遂に動くことができなくなった。ほぼ寝たきりの状態になって、さぞかし残念がっているだろうと「もうどこにも行けなくなったな」と言えば、「僕は風船に乗ってどこへでも行ける!楽しいね」とニコニコと返事が返ってくる。夢でも見ていたのか、頭がおかしくなったとは決して思わなかった。人生の終盤はやんちゃに周りを振り回したが、愚痴は一切言わず、寝たきりになっても前へ前への「旅」を続けた父親に、初めて尊敬の気持ちを持った。それから暫くして、私が三田に行くことに決まったとき、父親は本当に風船に乗って出かけて行ってしまった。

ご復活おめでとうございます!

コロナ禍にあって今年は何とか聖週間の典礼を行うことができました。思い返せば昨年は四旬節から復活節にかけて約三か月間も教会に集まることさえもできず寂しい体験をすることとなってしまいました。まだまだ予断を許してはいけませんが、困難の中にも「旅」をし続けていることを忘れずに行きましょう。

2021年3月 1日 (月)

そのままでいい Part.4

「あなたはICBR症候群ね」と友人に言われたことがある。

「え、なに?心の病なの?」

 近頃はやたらに何でも病名がつけられてしまう。病になってしまうほどに生きづらい社会になってしまっていることの裏返しなのだろう。気になるのでICBR症候群を調べてみた。だが見つからない。特定の病名ではないからなのか。そのまま心の病を調べてみた。依存症、うつ病、解離性障害、強迫性障害、睡眠障害、摂食障害、双極性障害、適応障害、統合失調症、認知症、パーソナリティ障害、発達障害、パニック障害、不安障害、PTSDなどなど、病名の中にもさらに細分化された病名があり、実にたくさんの心の病がある。

調べているうちに何だかどれも自分に当てはまるところ満載じゃないかと思ってしまう。ずっとではないにしても折に触れそういう症状の時がある。病との違いはなんだろう。メンタル面で若干過敏な自分にこれまでも気がついてはいたのだが。

「ところで、ICBR症候群とは?」 「それはね、IChiBiRi症候群の略よ!」 「?」

「つまりあなたはイチビリ症候群なのよ!」 「なんだ、そういうことかぁ」。

確かに、幼い時からいつも言われていた言葉だ。通信簿にも書かれたことがある。自他ともに納得する言葉だ! それにしても「イチビリ」も症候群になってしまったか。

最近またある人に、「あなたはHSPかも」と言われた。「とても敏感な人」という意味だが、病気というより持って生まれた気質を表す概念だ。確かにそういう面もあるが「とても」でもないなと思っていたら、「じゃHSSHSPね」と言われた。HSSとは好奇心旺盛で外交的なこと。HSSHSPが共存しているというわけだ。なるほど、そうかもしれない! HSSがイチビリだとすると、HSSHSPという概念のお陰で、新たに自分を発見した気分だ!

持って生まれた「そのまま」を大切にしたい。ただ、そのままの自分を知らなければ大切にもできない。ほんとうの自分を知ることから始めなければ。そうすれば、きっともう、それは「病」ではなくなるのかもしれない。

2021年2月 1日 (月)

そのままでいい Part.3

“あおくんと きいろちゃんは うれしくて
もう うれしくて うれしくて
とうとう みどりに なりました“

有名なレオ・レオーニの絵本「あおくん と きいろちゃん」の中の一節です。仲のいい二人は遊んでいる内にみどりになってしまいました。でも、親たちはこの子たちが誰だか分かりません。悲しくて涙になってしまった二人は元のあおくんときいろちゃんに戻ってしまいました。こどもたちを見つけた親たちはうれしくて今度はしっかりと抱きあげました。ところが、あおくんの親たちがきいろちゃんを抱きあげるとみどりになってしまいました。きいろちゃんの親たちもあおくんを抱きあげるとみどりになってしまいました。親たちもやっとわけが分かりました。

あおくんときいろちゃんは実はそのままで変わっていなかったのですよね。涙になってひとりになるとやっぱりそのままの色でした。でも親たちからは仲よくしている二人はみどりに見えたのでした。

あおはあお、きいろはきいろ。変えろと言われても変えられない。変えようと思っても変えられない。だから、自ら他の色になろうとは思わず、そのままでいい。そのままの色でいるからこそみどりに見えたのです。一緒にいることがうれしいと、きれいなみどりに見えているのですね。このみどりは、希望の色!

神さまから特別に与えられたそれぞれの色が一緒に暮らす、あなたの家族は、あなたの地域社会は、あなたの学校は、あなたの会社は、あなたの教会は、、、神さまからはどんな希望の色に見えているのかな。(^^)v

2021年1月17日 (日)

たきび127号

<かんちゃん日記>
今から30年前、たかとり教会に赴任したとき、前任者であるA神父に教わったことがある。それは「我慢」と「忍耐」は違うのだと言うこと。

先の見えない今のこの時をじっと我慢してやり過ごすにも限界がある。ただ我慢ではなく忍耐する。逆境にあってもものごとをプラスに捉えることが忍耐ということになる。コロナ禍にあって、自らの気づきに目覚め、自身を超えた幸せを願い考え行うことができるなら忍耐となり、自らの未来をも呼び込むことができるのだろう。

コロナ災害だけではなく、今までに経験したことのない猛暑や、巨大な台風、豪雨や洪水など、私たちが生活しているこの自然環境も激変してきている。地球温暖化という言葉もこれまでよく耳にしてきた。

いま体温が37.5度以上になるとコロナの疑いが出てくる。どうも私たちの住むこの地球も体温?が37.5度を超えたようだ。つまりこの地球も「コロナ」に感染している!? 原因は、私たち人類。つまり、地球にとっての「コロナ」は、実は私たちなのだ。

「兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気がつかないのか。」という聖書の一節がある。私たちを攻撃してくるコロナ(おが屑)には敏感な私たちだが、この地球を攻撃している「コロナ(丸太)」にはまだまだ鈍感なようだ。

ステイホームが続く今、「忍耐」を以てして、自らも「コロナ」であることをしっかりと認識し、アフターコロナを見据えていきたいものだ。

震災から26年を迎える。

2021年1月 1日 (金)

そのままでいい..part 2

Merry Christmas 2020 & A Happy New Year 2021

O God,
give us serenity to accept what cannot be changed,
courage to change what should be changed,
and wisdom to distinguish the one from the other.

神よ
変えられないものを受け容れる 心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける 英知をお与えください
<ニーバーの祈り>(依存症の人たちへのメッセージ)

<神田訳>
なんともならんもんは そのままでええ
なんとかなるもんは なんとかせな
なんともならんもんと なんとかなるもんを
ごちゃまぜにせんと ちゃんと分けとかなあかんな

コロナ禍に見舞われた1年でした
コロナを退治するのはなんともならんもんですけど
コロナと共存することはなんとかなるもんです
なんとかなるもんたくさんある
新しい年は今まで以上に
なんともならんもんには執着せず
なんとかなるもんに気持ちと力を注ぎましょう
コロナのことだけじゃなくてね

2020年12月 1日 (火)

そのままでいい

神父になりたての頃、あるミッション女子高から声がかかり夏のキャンプに同行しテーマとプログラムも考えてくれと頼まれました。日常から離れてのキャンプで普段に体験できないことなどを念頭に、テーマは「そのままでいい」としました。ありのままの自分を発見してほしかったからです。ところが、教頭先生からクレームが飛んできました。「そのままでいいとはなんだ。そのままでいいなんて教育じゃない。」と言われ、「考えてくれと言ったのはそちらなので気に入らなければ私はやめます」と私も引かず、結局はそのテーマで行うことになりました。学校って結局そういうところなんだとその時あらためて認識しました。

震災後、たくさんの学校でも震災の話しをしに行きました。最初に行ったのは地元の中学校でした。ボランティアの話しをしてほしいとのことでした。私は、ある牧師先生の言葉がとても気に入っててその時にも学生たちに話しました。それは、「言われてもしない言われなくてもする」という言葉です。誰かに言われて手伝うことではなく自らの問題意識と信念で持って行動することがボランティアだと言うことです。ところが、講演会が終わってまだ私が壇上にいる時に、司会の先生が「今の話しは講演者の個人の考えですから、みんなはちゃんと言われたことをするように」と、、、ガッカリでした。学校って結局そういうところなんだと再び認識しました。

学校では個性は尊重されないんだとあらためて認識したのです。今どきはどうなんでしょう?ちなみに最近のボランティアは言われたことをするに変わってしまったようですが。

以前LGBTqの人たちの話しをしました。人は生まれながらに個性を持っていて多様です。ところが成長するにしたがって教育と言うか社会の規範と言うか理想の姿に形づくられて行くようです。勉強やスポーツや仕事などは理想とする目標があってそれに向かっていくことは成長に結びつきます。でも人の本質は変えられない。そのままの自分を大切にして行くしかなく、それを隠してしまうと人生に歪みが出てきてしまう。社会は多様であるがゆえに成長して行くと思うのです。

信仰を持って生きるとは、理想とする美しい姿を目指して生きることではなく、与えられた自分のそのままを逞しく生きることです。それでこそ、初めて隣人を愛することができるのです。

2020年11月 1日 (日)

11月に祈る

1日の諸聖人の日から11月が始まります。すべての聖人をたたえます。どうぞ今に生きる私たちを守り導いてくださいますようにと祈ります。そして2日の死者の日にすべてのキリスト者のために祈ります。今はこの世を去った人たちが神のみもとで安らかでありますようにと祈ります。こうやって私たちは過去に生きた人たちとの交信をします。もちろん今に生きる人たちのためにも祈ります。キリストにおいて結ばれているものは時間も空間も越えて一つの家族です。信仰宣言の中の聖徒の交わりのことです。この地球上のどこにいても、未来には地球以外の惑星に暮らす人も、そして亡くなって地上の生を終えた人も、すべて一つの家族。そう考えると大家族ですよね。一体全体何人家族になるのでしょうか。そう考えると私のいのちはちっぽけだけど、過去も現在も未来も祈りでつながれば大家族で、その中のいのちと考えると、ドデカイいのちになりますね。永遠という、時間も空間も越えたいのちの中で、祈ることは生きること生きていることそのものですね。

ところで、祈りと言えば、キリストが教えて下さった主の祈りがあります。英語では祈りの始まりはこうです。

Our Father who art in heaven,(天におられるわたしたちの父よ、)

hallowed be thy name.(み名が聖とされますように。)

このhallowedは聖とされるになりますので、諸聖人の日は英語でAll Hallows’(Saint’) Dayとなります。典礼ではその前晩(evening)からこの日が始まるので、例えばクリスマスの()晩はクリスマスイブ(Christmas Evening)となりますが、諸聖人の日の()晩はAll Hallows’ Eveningで、それを短縮してHalloweenとなります。そう、ハロウィンですね。

ハロウィンは、教会では祝いませんが、そのルーツは古代ケルトの人たちと言われています。彼らは11月から新年だったのでつまりは大晦日になります。年が変わると命の更新となり、この日は死者にまつわる祭りがあります。カトリックの典礼と歴史のどこかで交差しているのでしょうね。

ちなみに、マルティン・ルターはこの諸聖人の日の前日に、宗教改革のスタートを切りました。ですので1031日は宗教改革記念日なのです。つまりプロテスタント教会の誕生日なのです。教会の歴史の中で教派としては分かれてしまいましたが、同じキリスト者として、同じドデカイ家族として、これからも祈りでつながって行きたいですね。

2020年10月 1日 (木)

人生は点描画

今日(10/1)は旧暦815日。中秋の名月です。暑かった夏も過ぎやっと秋らしくなってきました。車に乗っていると豊かに実った稲穂と道端のコスモスやヒガンバナが目に飛び込んできます。色とりどりになってきました。そして、尾花、葛花、瞿麦、姫部志、藤袴、桔梗、萩。。そう、秋の七草。

環境の悪化で自然界が変化しつつありますが、それでもまだまだ私たちは一年を通して春夏秋冬も体験でき色とりどりの環境の中で豊かに生きることができて幸いだと思います。

ところが折角の色とりどりも単色にしか見えない時があります。仕事に追われているときや悩んで落ち込んでいるときです。結構よくあります。不思議なものです。咲いている花の色は変わらないのに色が見えないのです。

そんな時に友人に言われました。「そら楽しいことばかりじゃないので悩んで落ち込むときもあるわな。でも点で悩むのはいいけど、線で悩んだらあかんよ」と。

喜怒哀楽という言葉がありますが、‘喜怒哀楽が激しい’とか‘喜怒哀楽がない’とかあまり良い意味で使われない言葉ですが、人の感情も色とりどりでどれも大事なことだと思うのです。人の感情も単色になると残念なことだと思うのです。

能面という言葉もあります。‘能面のような顔’という使われ方をします。何を考えているか分からないと言った時の表現です。でもよく見ると能面は見る角度などによって表情が違うのです。演者の体の動きや顔の角度で内面をとても豊かに表現します。

嬉しいときは心おどらせ、怒りたいときはちょっとプンプン、哀しいときは涙して、楽しいときはみんなで分かち合って。人を傷つける必要はなく、その時々の心の変化を素直に正直に大切に人生の糧として行きたいものです。

人生は色とりどりの点描画。人生の先輩のみなさんに倣って、私も、酸いも甘いも噛み分け、齢を重ねるごとに人生の深みを知って行きたいものです。

2020年9月 1日 (火)

がんばるな、、?!

「がんばれ‼タブチくん‼」という四コマ漫画が面白かった。阪神タイガースの実在の選手が主人公でした。実際にも阪神時代にスターとして頑張ったのですが優勝はできず気がつけば西武にトレードとなりました。悔しかっただろうけど頑張ったので移籍先では優勝を経験することができました。

「がんばろうKOBE」は阪神淡路大震災時のオリックス・ブルーウェーブの復興スローガンでこの年リーグ優勝を果たし被災地神戸を励ましてくれました。イチローは来なかったですが仰木監督はたかとり救援基地にも来てくれたのですよ。また東日本大震災の時は12球団がそろって「がんばろう‼日本」をかけ声に復興支援が行われました。いずれにしても直接的な人と人との関りや絆がその元気づけでした。

「がんばるな、ニッポン。」このハッとするキャッチコピーはある企業の今年のCMです。これまで労働歌などでも「がんばろう」でしたが「がんばるな」の耳慣れない言葉が聞こえてきました。コロナの影響なのでしょうか。価値観が変わってしまう時代を私たちは経験しているようです。

「一生懸命」は命がけで頑張るということ。そのルーツの「一所懸命」は自分の領地を守ること。また会社人間の仕事ぶりを「一社懸命」ともいうらしいです。私にはなんだかローカルなイメージです。因みに「一所不住」はお坊さんが一所に留まらずに諸国を行脚することです。

「グローカル」という言葉があります。ローカルLocalとグローバルGlobalの合成語です。生きるとはローカルに頑張ることとすればグローバルな視野の中でローカルに生きることが大切だとの言葉になります。そうすると「がんばるな」はローカルからグローカルへの招きの言葉と読み解きましょう。(例えば「怒る」と「叱る」の違いもローカルとグローカルの違いかと思うのです)

コロナウィルスの真っ只中にいる私たちは二つの大きな分かれ道に差しかかっているようです。今まで以上にローカルに閉じこもってしまうのか、それともグローバルな視野の中で生き直すのか。

「がんばるな」をグローカル化のキーワードとするならば、アフターコロナのニューノーマルにとも思うのですが、そもそも、ユダヤ教にルーツを持つキリスト教の福音とは、この「がんばるな」のことを言っているのではないのかと思っているのです。

2020年8月 1日 (土)

二つの廃線。。

三田教会の司牧エリア内には廃線になった二つの鉄道があります。

有馬線は、三田と有馬温泉をつないだ最初の軽便鉄道で、1915(t4)に民間の会社が開業したもののすぐに国が借り上げ1919(t8)に国有化されます。後に、その会社は再び鉄道事業に着手し、神戸、有馬、三田を結ぶ今の神戸電鉄が1928(s3)に開業します。その後、有馬線は行楽路線のみであることもあって戦時中の1943(s18)に不要不急線となり廃線となります。国はその後、廃線の部材を使って篠山線敷設に着手することになります。(コロナ禍でよく耳にする不要不急は戦時中に使われていた言葉なのですね) 

篠山線は、丹波地域で産出されるマンガンや珪石の輸送のためと、海沿いを走る山陽本線が攻撃を受ける可能性があったため篠山から園部に至るバイパスを目的としてつくられます。戦時中の1944(s19)にまず篠山口駅と福住駅の間が開業します。福住にはマンガン鉱山がありました。しかし終戦を迎え、戦時下での必要はなくなり、予定されていた園部までの延伸は中止となり、1972年に廃線となります。 

このように篠山線は戦争のために作られたようなものでしたが、丹波は良質のマンガンが取れる地域だったのだと知りました。約300のマンガン鉱山がありました。マンガンは鉄と混ぜて鋼鉄となり武器製造などに必要な軍需物資でした。戦争末期には増産により全国で35 万トンが産出されました。丹波地域だけでも3千人が働いていたそうです。そしてこの危険極まりない鉱山での採掘には、被差別部落の人たちや朝鮮の人たちが多く従事していました。過酷な採掘労働だけでなく、十分な装備もなく塵肺という病気でその後も苦しい生活を強いられてきました。 

この夏には、これらの廃線跡を訪ね歩いてみたいものです。また、「丹波マンガン記念館」というものがあるそうで、平和旬間には足を運んで丹波の歴史の一つを学んでこようかと思います。

TCCは設立20周年を迎えます‼️

“違い”を多文化な豊かさに育てていく
たかとりコミュニティセンター

日比野純一 / 神田 裕

「たかとりコミュニティセンター」(TCC)は、神戸市長田区海運町にあるカトリックたかとり教会の中 に位置しています。たくさんのNGONPO、地域、教会の楽しくて頼もしい仲間たちが自由に集まって、神戸長田の町を中心に、多文化で多彩で豊かなまちづくりひとづくりを目指して、ささやかですが大きな夢を持って一緒に歩んでいるところです。

たかとり教会のある神戸市長田区は、古くから在日韓国朝鮮人が多く暮らしていた町で、1980 年 代以降、 ベトナム戦争後に難民として避難してきたベトナム人たちが生活拠点を築いていきました。神戸市長田区の人口の一割は外国籍の住民で、たかとり教会は昔からそうした外国人の信徒が集う教会でした。

その町に 1995 1 月、阪神・淡路大震災が襲い、この地域はほとんどの建物が崩壊し、火災によって焼き尽くされてしまいました。教会の周辺一帯は一面の焼け野原になりました。 しかしそんな中でも、お互いに助け合い声をかけ合ってこの痛みを乗り切ろうと、地域の人々や多くのボランティアの人たちが夢を持って立ち上がりました。震災で多くのものを失いましたが、多くの人々との 出会いが生まれ、新しい仲間もたくさんできてきました。こうして TCC の前身であるたかとり救援基 地が生まれました。

被災した教会に色々なところから見知らぬ人たちも見知った人たちもたくさん被災地にやってき て下さいました。そして、救援活動の一つが始まりました。これが、たかとり救援基地(鷹取教会救 援基地)の始まりです。ボランティアの人、被災した地域の人や教会の人も一緒に活動を始めまし た。炊き出し、避難場支援、仮設支援、臨時診療所、ことば支援、生活支援、まちづくりなどなど。

救援活動は長くても 3 年で終わるはずでした。ところが、長田にたくさん住んでおられた高齢者の 人々や外国籍の人々との関わりは、3 年は終わりではなく、始まりであると知りました。それからも救 援基地での活動は細分化されて行き、統廃合も繰り返し、きめ細やかな活動に進化していきました。

2000 年には「特定非営利活動法人たかとりコミュニティセンター」として、この地域社会の中で、誰であっても見捨てられることのない、まちづくりひとづくりを目指して歩み続けることの覚悟を決めま した。1950 年に教会内にできた幼稚園が、地域の人々のまちづくりひとづくりの役割の片隅を担っ てきたことの後を継ぎ、半世紀後にもう一度思いを新たに、大人も子どもも一緒の幼稚園ができたような感じです。

「たかとりコミュニティセンター」には、在日外国人の自助支援の団体、高齢者、障害者の暮らしを 支援する団体など9つの団体がセンターの中で活動しています。教会の信徒や地域の人たちだけでなく、地域を越えてたくさんの人たちが活動に参加に参加しています。老いも若きも、男も女も、 多文化で、多国籍で、今日も新たに個性豊かなメンバーが加わり続ける、「たかとりコミュニティセンター」がここにあります。

阪神・淡路大震災からの救援、復興を通して、多文化が社会の力になっていく、ということを私たちは学びました。もう1つは、自分たちの地域のことは行政任せにするのではなく、自分たちが意思決定をして、自分たちで良くしていく、ということです。一人一人の市民の力がまちを作っていく のです。

そうしたまちづくりの中で、国籍が違うからとか、肌の色が違うからとか、宗教が違うからとか、女性だからとか、障害があるからとか、そうしたことで窮屈な思いをするのではなく、誰もが決して排除さ れることのないまちをつくっていくのが、たかとりコミュニティセンターの活動の目的です。

多文化の力を育てていくために、「たかとりコミュニティセンター」近くの公園で毎年行っている地域の夏祭りで多国籍料理の屋台を仲間の外国人たちと出店しています。初めのうちは、お客さんたちはおっかなびっくりでしたが、次第に受け入れられるようになり「食べてみるとおいしいやん」と喜ばれています。他の文化・民族との接点を積み重ねるように出会いや、つながりの場を作っていく。そうするとお互い、一人ずつの顔が見えてきて、知人同士となります。こうして小さなことの積み重ねで多文化共生のまちは育っていきます。

「たかとりコミュニティセンター」のリーフレットには「ゆるゆる多文化いとをかし」と書かれています。 「ここに集う私たちは、不思議なゆるさを感じています。このゆるさはなんだろう。ちがう言葉が きこえ、子どもが遊び、仕事に取り組む人がいて、語り合う人たちが集まっている...。そんな人たち が織りなすゆるさなのかもしれません。ゆるいからつながれる、ちがうのがおもしろい。」とし ています。そういうゆるさを持って、まちづくりに取り組んでいます。

「まちづくりは、ダチ(友達)づくり」なのです。

大阪カトリック時報 20186
2018

2020年7月 1日 (水)

そして私たち自身も「コロナ」?

日曜日のミサが始まり1か月がたちました。歌もなくお祈りも小さな声で平和の挨拶は無言で聖体拝領はフェイスシールド越しで、なんだか奇妙で神妙で、緊張のうちに始まりました。聖堂入り口では検温と消毒。ミサが終わった後の椅子の消毒などなど。お世話くださっているみなさんほんとにありがとうございます。

ところで私はここ三田に来てまだ2年とならないのですが、この短い間にコロナ災害だけではなく、今までに経験してきた以上の酷い台風や豪雨があったり避難勧告があったり、また益々酷くなる夏の猛暑などなど、私たちの生活しているこの自然環境も激変してきています。地球温暖化という言葉もこれまでよく耳にしてきました。

温暖化の原因は二酸化炭素の量が増えていることが原因なのですが、過去80万年の規模で見てみると、温暖化時の二酸化炭素のこれまでの最高値が30万年前の300ppm(年平均)で、その原因は主に火山の噴火だそうです。ところが現在の二酸化炭素の排出量は過去50年間で405ppmも輩出しているのだそうです。世界中の火山が40年以上かけて排出する炭素の量を私たち人類はわずか1年で排出しているということなのだそうです。

いま教会でも検温をしていて体温が37.5度以上になるとコロナの疑いが出てきます。私たちの住むこの地球もどうもいま体温?が37.5度を超えたようです。つまりこの地球も「コロナ」に感染しているといえます。原因は、、私たち人類なのでしょう。つまり、地球にとっての「コロナ」は実は私たちなのかもしれません。

「兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気がつかないのか。」この聖書の言葉が何となく身に沁みます。私たちを攻撃してくるコロナ(おが屑)には今や敏感な私たちですが、この地球を攻撃している「コロナ(丸太)」には気がつかないのか、と言われているように思えてならないのです。

2020年6月 7日 (日)

三田 LINE

歌もなくお祈りも小さな声で平和の挨拶は無言で聖体拝領はフェイスシールド越しで、なんだか奇妙で神妙で、みんな緊張の40分。天気も良かったせいか76人で許容ギリギリかな。入り口で検温、消毒。終わった後の椅子の消毒などなど。窓は全開、暑い夏や大雨の時はどうなることかと。。真面目に来なくていいからねと言うも、それでも、3ヶ月ぶりの再会でみんな嬉しそう。。

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2020年6月 3日 (水)

PCR検査ロボット開発

https://youtu.be/Rrrerygq6_Y
たかとりのもっちゃんこと橋本くん
PCR検査ロボット開発でニュースに

2020年6月 1日 (月)

ウィズコロナ ニューノーマル

四旬節、復活節と自粛で過ごした教会も6月に入ってやっと再開(再会)の目途が立ってきました。こんなに長い黙想期間を過ごしたのは初めてです。みなさんはいかがお過ごしでしたか。最初の頃は、アスターコロナ(コロナ終息後)をよく耳にしました。でもまだまだ時間がかかりそうで、ウィズコロナ(コロナと共に)に代わりました。教会もいましばらくはウィズコロナですが、ただ時間の経過を待つのみではなくて、ニューノーマル(新しい常識)で自分自身の信仰や生活スタイルを見直すことが必要になってきます。アフターコロナが生きとし生けるものにとってよりよき世界よりよき社会に導かれて行きますように!

2020年5月30日 (土)

三田LINE

三田教会の皆さまへ 教会からお知らせがありましたように三田教会では66日より日曜日のミサを行います しかしまだまだコロナ禍の中でのことですのでその対応も準備も大変です マスク着用、検温、消毒、ソーシャルディスタンスなどなど スーパーなどでの対応と同じような対策を教会でも行います ですので聖堂内に入れる人数も普段の3分の1ほどにならざるを得ません 具体的な呼びかけはまた直前にまたお知らせします他の教会では531日から行うところもあります 同じような状況の中で行われます 他の教会へ行くと所属の信者たちがあずかれなくなる可能性も出てきます 三田教会の皆さんは今しばらくお待ちくださいませ

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