そばにいる
今年2006年の暦はちょうど11年前の1995年の暦と同じだ。毎日毎日があの時と重なってよみがえってくる。
3月1日は灰の水曜日。四旬節が始まった。当時はたかとりの敷地内ではまだ瓦礫がそのままになっておりまったくの野外で式を行った。「あなたはちりであり、ちりに帰って行くのです」。このことばとともに、みなはひとりひとり頭や額に灰を受けた。重たいちりだった。辺り一面はすべてがちりになっていたからだ。説教は必要なかった。そのままの典礼のことばがそのまま心にしみた。
四旬節の間に鵯越の墓地に何度か行った。ある時そこに桜の木の大きな枝が2つ落ちていた。これはいい。教会に持って帰り、小枝を切り落とし、2本を重ねて、大きな十字架が出来上がった。4月14日の聖金曜日の典礼のためにちょうどその十字架は役に立った。鵯越の墓に眠る人たちの元にあった木の十字架で彼らと共に主の受難の日をむかえた。
4月16日主の復活の日。名実ともに震災後初めての節目を迎えた。3ヶ月近く続いたたかとり教会内の臨時診療所は一応の役割を終え終了した。震災直後から全国の医師や看護師のみなさんがボランティアで被災者の治療や手当てにいつも私たちのそばにいて活躍してくれた。その活動はその後「まちの保健室」と名前を変え、避難所や仮設住宅への支援活動として続けられ、今は高齢者・障害者支援のNPOリーフグリーンへと引き継がれている。また同じその日、コミュニティFM放送局「エフエムわぃわぃ」の前身であるミニFM放送局「FMユーメン」が敷地内で開局した。現在は8言語で神戸に電波を発信し、インターネットでは世界に向けて多文化豊かなまちづくりのメッセージを発信し続けている。今日が明日へとつながってきた。
今年も3月1日から四旬節が始まった。兵庫とたかとりは灰の水曜日と聖週間は合同で行った。いつもより豊かに感じた。しかしそれは人数がいつもより倍以上いたからではない。本当はいつも時を同じくして別の場所で典礼に参加している数は同じなはず。ただ実感として今、目の前にいるかいないかの違いだけなのだ。想像ではなくて、今目の前にいることだけでこんなにも豊かさや喜びが違うものなのだ。「愛しているよ」って遠くで言葉で100万回言われるよりも、黙ってそばにいてくれるだけでも、それの方が嬉しいものなのだ。それだけで明日を見ることが出来るものなのだ。
そして今、喜びを持って復活の日を迎えた。何で喜びなんだろう。何が喜びなんだろう。それは、想像ではなく、実感として今、そばにいらっしゃるから嬉しいんだ。そしてそれだけで明日を生きることができるんだ。
ところで、、、私たち、、、ほんまに実感してるのかなぁ?
神田裕
パンダネ(兵庫教会報)2006/04
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