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2006年6月10日 (土)

人なんて信じたらあかん!?

今の世の中、人を信じて生きなさいなんてなかなか言えないな。一度人に裏切られた経験をしてしまうとトラウマのように引きずってしまう。「信じられぬと嘆くよりも人を信じて傷つく方がいい」なんて歌があったけど、なかなかそうはいかんわなぁ。特に、子どもたちにもそのように言えなくなってきていることが悲しい。親しい大人や、ましてや家族にまで裏切られて生命さえも失ってしまう子どもたちが何と多いことか。。。

何か悶々としていたけど、、、最近私は教会の中でも、「人なんて信じたらあかん!」ってハッキリ言うようになった。みんなビックリする。「えっ?あんた神父やろぉ。そんなこと言うたらあかんやん。前々から変な神父や思ってたけど、それはなんぼなんでもあんたが言うたらあかんやろぉ」って言われる。でも、やっぱり、「人なんて信じたらあかん!」ってめげずに言う。

何でそう思うようになったか?それは、、、日常で使う人を信じるってことはとても自己中心的なことやなぁって思ったから。。。「え~っ?それ逆とちゃうん?」って言われるかもしれんけど、やっぱりそう思う。「オレのこと信じられへんのか!」って押し付けてるのをよく聞くから。「あなたのことを信じてるからね」ってのも何かしたたかに押し付けがましい。それに主体性のない言葉やなぁとも思う。なぜって、関係性を相手に託した言葉やなって思うから。そこから生まれる主体的なことは我慢しか見えてこない。働きかけが感じられない言葉やと思う。

耳を澄ましてよく聞いていたら、「男なんて信じられへん」「外国人なんて信じられへん」「他の宗教やってる人なんて信じられへん」「前科のある人なんて信じられへん」、、、ってことは平気で言ったりする。結局、自分と同質でないと信じる対象じゃないことに気がついた。

もともと信じることがそんな狭いもんやったら、やっぱり「人なんて信じたらあかん!」でええと思う。なぜって、人は信じるもんやなくて、大切にする(愛する)もんやと思うから。信じられへんかっても、文化や民族や宗教が違っていても、どんな過去を持っていようとも、そんなんどうでもええ。所詮弱いもん同士。どんな人であっても「いのちあるもの」として「人を大切にして生きてゆこう!」って、子どもたちに伝えてゆきたい。

信じるっていうのは、「うつり変わって行くもの」にではなく、「うつり変らないもの(例えば神)」に対して使う言葉であるのとちゃうかなぁ。。。

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