« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

2007年10月23日 (火)

南木曽へ。。

神戸中ブロック(鈴蘭台、兵庫、たかとり)の有志41人でバスに乗ってツアーに出かけました。目的地は震災でお世話になった南木曽町。大勢で押しかけたにも関わらず歓待していただきました。

バスツアーは朝8時にJR神戸駅を出発。途中、多治見の神言会修道院に立ち寄り、院長の神父さんに聖堂などの説明をしてもらいました。ここは広い大きな葡萄園があり、多治見修道院ブランドのワインも有名ですよ。

Dsc00401_2 Dsc00400 Dsc00394

そして、目的地方面へ再度出発。馬籠宿へ到着した。ここは木曽の11宿の最南端になります。島崎藤村のふるさとでもあります。写真には撮れていませんがここは全長600mで全部坂道なんです。だからバスは坂の上で私たちを降ろし、私たちが坂を下りながら観光をして最後に坂の下でバスが待っている、、、と何とも親切な配慮だったんだけど、、、坂の途中でお店に入ってみんなを見失って慌ててまた坂の上まで行ってしまい、気が付いてそこから坂下まで一気に走ったお姉さまがいた。ご苦労なことでした。というか、、、若いねぇ。(確か70を越えてたと思うけど、、)

Dsc00408 Dsc00407 Dsc00406

南木曾町の役場に表敬訪問した。宮川町長もわざわざ出迎えてくれました。

Dsc00413 Dsc00416

役場近くの桃介橋を観光。

Dsc00428 Dsc00427 Dsc00450

そして、やっとこさ今回の宿泊場所のある大妻籠に到着した。さぁ、ドバーッと温泉に入るぞぉ!と思っていたのだが。。。ちょっとノリが違っていた。何と300年前にでもワープしたような宿屋だった。

Dsc00458 Dsc00460

部屋も襖を開けると見え見え。。。

Dsc00464

しかし、囲炉裏を囲んで何とも趣きのあるところでした。ただ、風呂は小さな家庭風呂だったので寒くて風邪を引きそうなので誰も入らなかったんじゃないだろうか。。。

Dsc00481 Dsc00468 Dsc00480

美味しく夕食をいただいて、、、

Dsc00489 Dsc00490

実はそれからみなでお出かけしたのです。

真っ暗な中、大妻籠から妻籠宿まで約30分ほど歩いて2次会の場所まで移動したのでした。2次会は半分も行かないかなと思っていたのですが、なんのなんの、ほとんど全員が行きました。2次会場では南木曽の地元の皆さんも手料理をお酒を携えて参加してくださった。歌も飛び出し、大盛り上がりでした。

Dsc00494 Dsc00504 Dsc00493 Dsc00496_2

そして、翌朝。。。大妻籠を出発です。

Dsc00517 Dsc00518

Dsc00534 Dsc00528 Dsc00521 Dsc00526

Dsc00540 Dsc00538 Dsc00536

まずは昨日の2次会のお店に挨拶に。この「康」というお店は、WCN元代表松瀬さんの奥様のお店で画廊喫茶なんです。

Dsc00548

松瀬さんに妻籠宿を案内してもらった。

Dsc00572 Dsc00564 Dsc00585 Dsc00597

栗金時で有名なお店はすぐに人だかり。。

Dsc00608 Dsc00612 Dsc00616

妻籠宿の郵便局はこんな感じでしたよ。

Dsc00591

建物だけと思ったら郵便屋さんまで。。。

Dsc00617 Dsc00618 Dsc00620 Dsc00621

まぁ、、お姉さまたちったらぁ。。。

Dsc00638

妻籠宿を後にして、一路帰途へ。。
途中名古屋の南山大学に寄り道し、学内にある人類学博物館を見学した。

Dsc00640 Dsc00641 Dsc00645 Dsc00648
Dsc00651 Dsc00654 Dsc00657 Dsc00655

そして最後は徳川美術館へ。。。

Dsc00658

楽しかったですね。お世話下さったみなさん、どうもありがとうございました。

Dsc00660 Dsc00661

ps:私たちの南木曽訪問は早速翌日の新聞に載りました。

<中日新聞10月23日朝刊>
「震災復興支援で親交続ける 神戸の教会関係者来町 南木曽」
阪神大震災(1995年)の復興支援拠点となった神戸市長田区のカトリックたかとり(旧鷹取)教会の関係者が22日、南木曽町を訪れ、復興に力を貸した町の人たちと旧交を温めた。
どう震災では町の木材関連の若手経営者グループWCN(ウッディークリエイトナギソ)が地元業界の寄付による材木を携えて現地入りし復興活動を支援。今年再建された同教会にはこの時の支援に感謝を込めて「南木曽の間」を名付けた部屋が設けられるなど、付き合いが続いている。
今回は教会の信徒ら41人が1泊2日で来町。町役場を訪れた一行に宮川正光町長は「教会の部屋に南木曽の名前を付けていただきありがとうございます。今後も皆さんから南木曽を関西方面にPRしてください」と呼びかけた。
この後、勝野春喜会長らWCNメンバーと町内の名所を見て回った。訪問団の世話人田淵文雄さん(70)=同市北区=は「今後もお互いに頻繁に行き来したい」と話していた。

cf: http://phknd.tea-nifty.com/phknd/2007/01/070123_5531.html

2007年10月21日 (日)

ピンポン

卓球台を2台買った。南側2Fに置いた。

Ts3c0473 Ts3c0474

子どもも大人も夢中になれるものが見つかった。

Ts3c0482 Ts3c0481

こんど卓球大会せなあかんなぁ。。。

2007年10月14日 (日)

結婚40周年

たかとり教会のご近所の高木さんご夫婦は今日結婚40周年でした。駅前の八剣伝で乾杯!そのあといつものカラオケスナック「あうん」で祝賀会!清水の日野さんと南さんも駆けつけてくれた。高木さん、お互いよく辛抱?しましたね。。(^_^)v これからも仲良くね。

Ts3c0455 Ts3c0459
Ts3c0469 Ts3c0468
Ts3c0457 Ts3c0458

あうんのマスターが今日紹介した曲はみんな初めて聞く曲でした。可笑しいほどに今日の日にピッタリの曲でしたね。* 綾小路きみまろ 「あれから40年」。。。ネットで検索して試聴してみてくださりませ。

2007年10月10日 (水)

前駐日教皇大使帰天

2007年10月10日(水)、前の駐日教皇大使、現オーストラリア教皇大使エンブローズ・デ・パオリ(Ambrose De Paoli)大司教様が、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミにあるシナイ山病院で白血病のために帰天されました。73歳でした。デ・パオリ大司教様は、日本にいらした間、日本の教会のために献身的にお働きになり、大阪教区にも2回お見えになりました。1回目は、松浦悟郎補佐司教の司教叙階式のとき、2回目は、2005年の神戸阪神淡路大震災および新生計画策定の10周年に際してでした。  2005年1月には17日をはさんで3日間、公式訪問のかたちで来神され、神戸中央教会でミサを捧げられました。この間、震災10年当日の午前5時46分にはたかとりで共にミサを捧げてくださいました。(写真右から2番目)

Save0013 20050117e

その直後にオーストラリア教皇大使として着任されましたが、3月に白血病と診断され、長期療養生活を余儀なくされたとのことです。どうぞ、デ・パオリ大司教様の永遠の安息をお祈りください。

 

略歴は以下の通りです。
1934年  8月19日  アメリカ合衆国ペンシルバニア州 ジャネット市に生まれる。
1960年    マイアミ教区にて司祭叙階。
1966年    教会法博士課程を修了後、バチカンの外交官になり、ザンビア、ベネズエラ、カナダでの勤務を経て教皇庁国務省に入る。
1983年    司教叙階。その後、スリランカ、南アフリカ、レソト、スワジランドの教皇大使を歴任。
1994年    南アフリカの教皇大使に就任
1997年11月   日本の教皇大使に就任。
2004年12月   オーストラリアの教皇大使に任命される。
2007年10月10日  帰天。73歳。

PS:
上の写真は震災10周年の朝のミサですが、ミサの終わりに「たかとりタオル」をプレゼントとして贈り首にかけてもらいました。ミサが終わって別室に行ったときに彼はそのタオルを私に返しました。「あっ、失礼なことをしてしまったかな」と一瞬恐縮したのですが、その時、彼から声をかけてくれました。「このタオルにサインください」と。。。明るくて気さくなやさしい教皇大使でした。

 

Message to TAKATORI Church by the Apostolic Nuncio to Japan.

 

“Come to me all who are burdened and who grieve and I will give you consolation and peace.”
This is the invitation of Jesus to us at all times. But, this invitation is especially needed today as we commemorate the 10th anniversary of the great Hanshin-Awaji Earthquake, at the time when it hit an unsuspecting community just beginning to prepare itself for another day of work, of school, of life.
Today, your presence in this church, which reflects the results of the earthquake, is your response to the invitation of Jesus. Yes, Lord! I accept your offer to give me consolation and peace! I need that consolation and peace so much!
First of all, Lord, for your peace and consolation for those who have died as a result of the earthquake. And then, to those families who still weep at their loss.
Then, I ask for your peace and consolation for myself so that I, in turn, can help bring your peace and consolation to others.
I know that you cannot bring back those who died, but help us to understand the part they have played in our life and how much we owe to them and how much they would want us to go on with our lives.
I know that your peace and consolation will guide us all in rebuilding the homes and communities which are ours.
In this hour of our trial we have learned so much about how we need each other and how much it means to experience the help of others who care, who love, who sacrifice themselves for us.
Into your hands, O Lord, we place ourselves this morning, in this Eucharist.
To whom other can we go, as St. Peter said: you have the words of eternal life and, yes, you can bring peace and consolation to our hearts, if we let you.
I bring to you all the prayers and love  of the Holy Father.

The Most Reverend Archbishop
Ambrose De Paoli
Jan. 17 2005

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »