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2007年11月 9日 (金)

濱尾文郎枢機卿帰天

突然のことですが、昨日、2007年11月8日(木)午後6時57分、前教皇庁移住・移動者司牧評議会議長 ステファノ濱尾文郎枢機卿様(前横浜教区司教)が肺癌のため、癌研有明病院にてご帰天になりました。77年のご生涯でした。日本の教会のため、また世界の人びとのためにお働きになられた枢機卿様のためにどうぞお祈りください。

 

葬儀ミサならびに告別式
日時:2007年11月12日(月) 午前12時~
場所:東京カテドラル聖マリア大聖堂

 

<略歴>
1930年3月9日 東京都に生まれる
1957年12月 司祭叙階
1970年-1980年 カトリック東京大司教区補佐司教
1980年-1998年 カトリック横浜司教区教区長
1998年10月 教皇庁移住・移動者司牧評議会の議長に就任。大司教となる。
2003年10月 枢機卿に任命。
2006年3月  移動者司牧評議会の議長辞任を発表(75歳定年により)。
2007年11月8日 帰天。77歳。

ps:
濱尾枢機卿は震災直後、横浜教区司教としてたかとりに来て下さり、被災地のベトナム人たちの支援のため、横浜教区のベトナム人司祭(ソン神父)をたかとりに1年間派遣してくださったのでした。

ps:
今年7月29日にカテドラル聖マリア大聖堂で講演会をして下さったところでした。
070729hamao010
<大阪カトリック時報2007年9月号>

濱尾枢機卿 講演会
「世界の難民移住移動者の現状とカトリック教会の取組み」
日時:7月29日(日) 10時ミサ 11時半講演会
場所:大阪カテドラル聖マリア大聖堂
主催:大阪教区社会活動センター・シナピス

 

濱尾枢機卿、玉造で語る
「谷間」の人たちにこそ教会はかかわるべき
7月29日、玉造教会の主日ミサ後、濱尾文郎枢機卿の「世界の難民移住移動者の現状とカトリック教会の取り組み」についての講演会が、教区社会活動センター・シナピスの主催で行われ、約300人が参加した。全般的な現状の説明と共に、「難民」については、「亡命」を認めずに移住者として扱う日本、公的機関が関われない膨大な数の「国内難民」。「移住者」については、女性や臓器目的の人身取引。「移動者」については、ホームレスの人・ストリートチルドレン・無国籍・船員・国際空港・流浪の民<ロマ>・サーカス・留学生・旅行者・巡礼者の「道の司牧」など、いわゆる「谷間」の人たちの課題こそ、教会がかかわるべきであることを強調した。質疑応答では、日本の難民認定率が低い理由は、近隣の国に学び文化を取り入れていた日本が、明治以降「大東亜共栄圏」思想などの影響で閉鎖的になったのではないか。信徒の奉仕については「にっこり笑うだけでも良い」という教皇の言葉をあげ、身近にできる奉仕の話など、横浜教区司教やローマ教皇庁移住移動者司牧評議会議長を務めた枢機卿の豊富な経験と広い視野に裏打ちされた親しみやすい話に耳を傾けた参加者は、今後の歩みに新たなヒントを得た。講演のあと、シナピスの外国人支援のために募金が行われ、30,030円が集まった。スタッフらは、演者の枢機卿と猛暑の中参集した聴衆に心から感謝した。(石井望神父)

 

世界の目でみる活動現場
7月に行われた濱尾枢機卿の講演は私がはじめて耳にする内容がたくさんありとても新鮮でした。講話中、枢機卿は「バチカンの中で難民移住移動者部門があまり重視されないのは残念」と言われました。教会組織はどうしても小教区中心に動くから、小教区を持たない人々には関心が薄いのだそうです。面白いのは関心が払われない中に「道の司牧」も入るという話でした。道の司牧とは「交通事故に遭った人や路上生活者、道の子ども、家はあるのに道にいる子どもなど」が対象だとか。「道」で括るとはバチカンもユニークな司牧の分け方をするものです。「教会は場所じゃない。聖書に出てくるテサロニケなどの教会は今は廃墟ですよ。教会とは神と人との親しい交わりだから場所にこだわるものではない。」と枢機卿。そしてそんな移住者たちに関わる仕事が世界中に数知れずあるのです。女性や子どもの人身売買の犠牲をなくそうと働く修道女がいる、サーカスやロマの人々に関わる司祭がいる、欧州の空港の多くにはチャペルがあり常駐する司祭や女性たちが困っている人を見つけて声をかける、道化師になって寂しい子どもたちに笑顔を与える司祭がいる。世界の教会の生き生きとした姿を垣間見るようでした。どんな活動でもそうですが、現場で働き続けるとつい近視眼的になり全体像が見えなくなり勝ちです。そうすると、独善的になるし僻みっぽくもなるし燃え尽きそうにもなってきます。私のようにあまり真面目でもなく、適当に息抜きをする人間は簡単には潰れませんが、確かに近視眼的になるのは否めません。枢機卿から世界の教会の取り組みを聞き、「そうか、今の現場で地道に活動することは世界中で活動する人々とつながることになるんだ。」との連帯感を抱くことができました。講演後、濱尾枢機卿は「大事なことは現代世界憲章にある通り、共感すること、共感に敏感になることだよ。」との言葉を残して大阪を後にされました。(シナピス難民移住移動者委員会 ビスカルド篤子)

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