三田教会

2022年5月 1日 (日)

“現実からかけ離れた幸福感”

復活祭をピークに体のガタが出てクリニックに行った。頸椎のレントゲンとMRIを撮り、
診断は、骨の2か所にズレがあり神経を圧迫しているとのこと。慢性的に首が気になって熟睡できない状況が長いこと続いていた。どうも脳がどこかで支障をきたしているのか、体全体がこわばって手も震えてくる。これまで何度か病院で診てもらっていたが「老化です」で終わっていた。やっと「治療しましょう」となった。

まずは薬の処方。いくつか出されて一週間。出された薬は丁寧な説明書付き。副作用もたくさん並んでいる。しっかりと読むと飲むのも怖くなってくる。頭痛、めまい、吐き気などなど。その中で一つ毛色の違うものがあった。「現実からかけ離れた幸福感」。思わず目を疑った。どんな副作用なのか、病気の治療よりも、そのことに興味が行ってしまう。

「幸せを感じるような状況でもないのに幸せに感じてしまう」ということらしいが、よく考えると、薬でこの状況になるということは、薬が切れると逆になってしまうということになる。これはちょっとヤバいな。

ふと思い出した。阪神淡路大震災の時だ。町は焦土と化し、ど真ん中の潰れて燃えた教会で、電気も水道も機能しない中、瓦礫を片付け、たきびを囲みながら過ごした。その時、幸せな現実からは全くかけ離れているのに、幸せな不思議なひと時を過ごしたのだ。出会う人みんな、初めての人であっても、お互い気遣い、声をかけあい、とても優しくなれた、平和なひと時だったのだ。不思議な体験だった。

ところが、電気が通り水道も出るようになるにしたがって、不思議な体験は少しずつ消えて行き、辛くて厳しい現実が始まった。それは、一瞬垣間見た「神の国」だった。神さまは、大変な時に大切なものを体験させてくれる、と思った。

一瞬だったが、「現実からかけ離れた幸福感」は確かにあった。厳しい現実の中で、人との出会いの中で体験できたものだった。忘れはしない。この先どんなことが起ころうとも、お互い助け合って生きることができるのだと、今でも信じている。

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三田教会 神田裕

2022年4月 1日 (金)

祈り

神よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからゆるされ、
自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。
(平和を求める祈り )

国を治めるすべての人のために祈りましょう。
神がこの人々の知性と心を導いて下さり、
まことの平和と自由がすべての人に与えられますように。
・・・
すべての権威の源である全能永遠の神よ、
国を治める人々を顧みてください。
あなたの恵みによって、安定した平和、生活の向上、宗教の自由が
どこの国にも与えられますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって。
アーメン。
(聖金曜日 盛式共同祈願9)

2022年3月 1日 (火)

大きな木

「むかし りんごのきが あって… かわいい ちびっこと なかよし。…」…
シェル・シルヴァスタインの絵本「おおきな木」の始まりだ。少年の成長とともに歩んだ木の話。葉っぱで王冠をこしらえ、木によじ登り枝にぶら下がりりんごを食べる。それで木はうれしかった。少年は大きくなって、お金が欲しくて、りんごの実を全部持って行ってしまった。家が欲しくて、枝を全部持って行ってしまった。旅をするための船が欲しくて、幹を切り倒してしまった。でも木はそれでうれしかった。年老いた少年は、よぼよぼになって木のところに戻ってきた。木は言った。「このふるぼけた切り株が腰かけて休むのに一番いい」。少年はそれに従った。木はそれでうれしかった。
絵本の英語のタイトルは「The Giving Tree」。なんだか切なくて、悲しくて、それでいて温かくて。親と子の関係なのかと想像したり、神さまと私たちの関係なのかと想像したり、思いは巡っていく。

教会にも大きなイチョウの木があって、秋には銀杏の実を実らせ、黄色い葉っぱは敷地の絨毯となり、目を楽しませてくれる。私には大好きな木で、見る度にこの絵本を思い出す。ところが、イチョウの葉っぱは、教会を出て、隣のお家や隣の道路まで飛んで旅に出てしまう。ある晩秋の夜中、教会の横の道路を通っていて気が付いた。近所のおじいさんが背中を丸めて街路樹の葉っぱと教会のイチョウの葉っぱを掃除してくれていたのだ。イチョウの木は庭の隅っこの窮屈なところで、50歳ほどだけどとても大きくなりすぎた。大きく張った根は隣の石垣を侵食し、他の小さな植物たちの栄養も持って行ってしまう。大きくなればなるほど葉っぱたちはもっと遠くへと旅をする。気象変動の大きい今、巨大な台風で倒れやしないかと気が気でない。倒れれば家や道路は直撃だ。私たちの目を楽しませてくれるのはありがたいが、段々と厄介なイチョウの木になってしまった。どうしたものか、イチョウの木よ。「The Giving Tree」になってくれるか。

私たちの住んでいる人間社会にも「木」がいっぱいあって、中にはとても大きな木もある。ところが先月ビックリする出来事を見た。大きな木が小さい木の栄養分を吸い取ろうと露骨にまとわりついてきたのだ。現実の世の中、大きな木はその力でもって小さい木を栄養分として自らを尚も太らせる。人間社会の大きな木はとても厄介なのだ。

絵本の中の大きな木は、単なる理想の夢物語なのだろうか。大きな木が、自らの身を削ってでもちびっこと暮らしたことは、大きな木にとってはとてもうれしいことだったと、言える時代は来るのだろうか。

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2022年2月 1日 (火)

一期一会

教会に来ているベトナムの若者でこの正月に書初めの初挑戦をした人がいた。いくつかのお手本のサンプルの文字の説明を聞き、一つを選んで、見様見真似で書いた文字が「一期一会」だった。その人も遠い日本に来てやはり思うのは、流れゆく時の中で今この時を大切に、だったのだろうか。

先日、教会の前の道で、近所の子どもたち数人が縄跳び遊びをしていた。小学生の頃は毎日縄跳びをやっていた。二重飛びや三重飛びなんかも挑戦していた。大きな縄でみんな一緒に飛ぶのも楽しくて、逆から入るのも得意中の得意だった。見ていて懐かしく、微笑ましく、思わず「私も飛ばして」って言ったら、大きな縄をくるくる回してくれた。よし!背中にリュックを背負ったままで、右手にはスーパーで買った晩ご飯を持って、いざ!!最初の一飛びは上手くいった!すぐに二飛び目がやってきた。ところが、足を上げたつもりが全然上がってなくてもうひっかけてしまった。「あぁ残念。あかんわぁ」と言ってその場を去ろうとした。そしたら、一緒に遊んでいた子が、「ありがとうございます!」って大きな声で言った。え、ありがとうは私が言わなあかんかったのに。私もそれにつられて、「ありがとうっ!」て言った。体力のなさには愕然としたが、ありがとうの一言がとてもうれしかった。子どもたち、ありがとう!!

日曜日の公開ミサがまた中止となる事態になりました。軽症だと言われていますが、この感染拡大の勢いは凄まじく、とても心配です。こんな状況ももう2年近くになりました。早くこのコロナから解放されたい。そんな祈りが続きます。でも、こんな中にあっても、無駄な時はなく、「一期一会」の心を忘れずにと、祈らずにもいられない。

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2021年12月 1日 (水)

しおやの風

塩屋の山間にある神戸少年の町の一番てっぺんに、祈りの場である聖堂があります。朝早くからこの聖堂に子どもたちもスタッフも一同に集まり、祈ることから一日が始まりました。しかし時は流れて、聖堂は古くなり、物置と化して、共に祈ることもなくなってしまいました。地震では持ち堪えたものの3年前の台風では壊滅状態となり、とうとう解体せざるを得なくなりました。

聖堂の跡地に立って周りを眺めると、六甲山系の西端が見え、海を越えては淡路島が見え、目を閉じれば、しおやの風が吹いています。時に心地よく時に厳しく、この風は75年間、祈りと共に子どもたちの上に吹き、頑張れよと励まし続けてきてくれました。

祈りはとても大切です。形式的なもののことを言うのではなく、子どもたちの成長を心から願うスタッフたちの毎日の働きは祈りそのものです。子どもたちを通して、家族を知り、社会を知り、そして与えられたいのちの大切さを、祈りを通して深く知って行きます。

ここはこれからも、しおやの風に励まされながら、心からの祈りの場所であり続けて行くことでしょう。父と子と聖霊とともに。


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2021年11月 1日 (月)

なんで神父なんかに。。。

なんで神父なんかになろうと思ったのか? と友人たちからこれまでも度々質問されてきた。よほど違和感があるのだろう。敢えて聞かれてしまうと返答に困ってしまう。

教会は老若男女多国籍、ゆりかごから墓場まで。こんなところは他に中々類を見ない。昨日は赤ちゃんの祝福式、今日は結婚式、明日はお葬式と、毎日が人生の縮図なのだ。そう見れば教会は人間味が豊かで面白い。

ただ現実は中々面白いと言ってはおられない。男は女を理解できないし女は男を理解できない。老人は若者を理解しないし若者は老人を理解しない。いわゆる健常者は障がいを持つ者を理解しないし障がいを持つ者は健常者の言う普通というものが理解できない。外国人がマイノリティであるうちは世話をするがマジョリティになってくると目障りになる。長年にわたり教会に関わるものと年月が浅いものの間には溝がある。過去は大事だが未来を見据えない。弁が立つ人は寡黙な人を抑え込む。理屈が先に立つ人は人を傷つけやすく自分を表現するのが苦手な人は傷つきやすい。深入りすると面倒なので浅く関わろうとするが、思い直して何か奉仕をと一生懸命にし始めた途端に、何もしない人に腹が立ってくる。おまけに、善意は仇になって返ってくる。

教会というところは実に厄介なところなのだ。関わらない方がよっぽど心の健康を保てるようにも思える。しかしよくよく考えてみると、教会は何も特別ではなく世間そのものなのだ。ただ世間と違うところは、同じ信仰を持つ者たちが、家族のように否が応にも関わらざるを得ないことだ。関わらざるを得ないから学ぶことができる。教会は社会の縮図なのだ。教会を通して実際に生活をしている社会を理解し、何を大切にして生きるのかの準備をしているのだ。

なんで神父なんかに? それは聖なる生き方をしたいから?! 聖なる生き方とは俗から離れることとは思わない。聖なる神が誰一人見捨てることなく一人ひとりを大切に関わる姿に倣って自らの生き方とする。教会は選ばれし者だけが集う会員制クラブではなく大衆酒場だ。わっさわっさと関わりながら、み言葉を頼りに希望の光を探したい。

2021年10月 1日 (金)

ゴリラネーム

緊急事態宣言が9月末で解除され、10月から若干の日常生活が戻ってきた。日曜日の公開ミサも始まる。とは言え、まだまだコロナ禍の真っ只中で、非日常の最中だ。

26年と半年ほど前にも、私たちは非日常を経験した。震災で全壊した神戸市長田区にあるたかとり教会には、次の日からすぐに救援物資を携えて全国から多くの人々が駆けつけてくれた。水やおにぎり、そして防寒具などなど。焼け跡のなかで焚火を囲み寒さを凌いだ。そして教会は震災救援の拠点となっていった。

人が集まればリーダーが必要になる。その要の役を担ってくれたのはAAの仲間たちだった。つまり、アルコール依存症の人たちだったのだ。AAとはAlcoholic Anonymousの略で、無名のアルコール依存症の仲間たち、と言えばいいのか。普段から毎日どこかに集まって、一人ひとりが語り、今日一日飲まなかったことを確かめ合う。Anonymousなので、お互いを呼び合うのはニックネームだ。社会の中でつけられた名前や肩書では決して呼び合わない。

そんな仲間たちがボランティアをまとめてくれたので、当然の如くに、たかとりのボランティア全員にニックネームがつけられ本名で呼び合うことはなかった。たかとりのボランティアはAnonymous、つまり無名のボランティアたちだったのだ。肩書きや名前はあえて語らず無名だったのだ。たかとりのボランティアたちはゴリラと言われた。なのでニックネームもゴリラネームと言われた。

社会の中で名前や肩書きではほんとうの自分が見えにくく、息苦しくて生きにくい。無名でボランティアをすることは、自分自身を取り戻し、生きることの回復でもあったのだ。無名な非日常は、人生の中で大切な時なのだ。

(シリーズ名前 その3)

2021年9月 1日 (水)

心にもワクチンを

緊急事態宣言が発せられました。そして、教会も日曜日の公開ミサが中止となりました。何度目となるのだろう。宣言が出されてからもコロナの感染者は増加の一途をたどっています。皆さんはもうワクチンの接種を受けられましたか。接種するかしないかはそれぞれ皆さんの考えもあるのでどちらでもいいかと思いますが、接種すれば自らが重症化する確率は減ると言われています。ただ、そうは言っても、感染しないわけでもなく、人に移さないわけでもないようです。まだまだ、マスクや手洗いを怠らないようにし、密を避けることは続けなければなりません。ただ、健康のためには、蜜は摂取しておいた方がいいかな。(^^;

ワクチンがコロナ対策で重要なことは確かですが、変わりゆく情勢について行くことができなくなり、心までコロナに感染してしまっては大変です。心にもワクチンを打っておく必要があるようです。人はひとりでは生きて行けないので、お互いが直接に触れ合い、支え合い、エールを交わし合うことはとても大切なワクチンです。でもそのことさえも阻害され、気軽に声をかけ合い誘い合うことすらできないでいます。やはり今は、心にワクチンは打てないのでしょうか。

コロナという世界的な大災害の中に私たちは生きています。地球規模で助け合って生きて行かねばならない時であるにも関わらず、世界の、そして特に今、アジアの各地では人災という大災害の中で、多くの人々がさらに絶望の闇に吸い込まれそうになっています。遠くの出来事であっても足元の出来事のようで心が痛みます。祈らずにはおられない。そして、何もできないでいる自分にも祈りたい。祈ることさえできなくなる、そんな無力感や虚無感に押しつぶされることのないように、祈ることでお互い支え合って生きたいです。

よりよき未来を信じて、希望を失わず、愛するという行いが、生まれてくることを願って、祈りたい。祈りは優しくて力強い。できないことをできることに変えて行く力を持っている。
祈りというワクチンを接種しておこう!!

2021年8月 1日 (日)

アンネの薔薇

先月半ば、日曜日のミサ後、教会玄関の花壇の手入れを数人の方がしてくださった。Tさんはうっかり薔薇の木のトゲに手を出してしまい、血だらけに。おまけに口元に手を持っていってマスクも血だらけに。敷地内には古井戸もありまるでキモダメシのように。

聞くところによると、Tさんが怪我をしてしまった薔薇は、数年前にK教会のYさんが寄贈くださった薔薇だということ。アンネ・フランクの父、オットー・フランクさんから日本へ2回目に贈られた薔薇を接ぎ木したものだとか。

折しも、波乱ずくめの東京五輪が始まろうとしていた矢先、過去にホロコーストを笑いのネタにしていた五輪関係者がいたことが明るみに。出来事への痛みを共感できないということか。強きものが弱きものを平気で蹂躙できる世の中は昔も今も変わっていない。

雑草の中に埋もれていたアンネの薔薇。Tさんの痛い思いで再認識されたこの薔薇は、また黄色の花を咲かせてくれるだろう。人を殺戮することまで正義と化してしまう戦争の恐ろしさと犠牲になった人々の痛みを、この薔薇と一緒に共有し、同じことが繰り返されないよう、自分自身へも伝えていくことができますように。


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2021年7月 1日 (木)

となりびとの名前

あれから26年と半年。大震災で全壊した神戸市長田区にあるたかとり教会。教会内で一緒に被災したのは、私を含めて、助任神父、まかない家族、居候の八人。それぞれが命からがら這い出し、真っ暗な中、崩壊した聖堂わきに集まり、お互いの無事を確認したのがすべての始まりだった。

空が明るくなると、門の外には、寒さを凌ぐため布団を体中に巻き付け、どこへともなくウロウロする人たち。門を開け、その人たちをまず教会敷地に招き入れた。崩れかけの建物の中から畳を引きはがし、庭に敷き、休んでもらった。頭から血を流している赤ちゃんもいた。よく見るとみんな素足だった。余震の恐怖の中、崩壊はしなかった司祭館の部屋に、意を決して戻り、せめてもと、ありったけの靴下をもって出た。しばらくすると畳を敷いた庭が地割れしだしたので、ここは危険と判断し駅前に移動するように呼び掛けた。その後、町の火災が段々と教会まで迫ってきて、とうとう教会もほぼ全焼となった。私は、もう一度意を決して司祭館に戻り、教会の大切な台帳などの書類をリュックに詰めて持ち出した。あとは、燃え崩れる教会をただ茫然と見届けるだけだった。

教会の敷地の外ではそうではなかった。地域の人たちは、燃え広がる火災を背に、まだ建物の下敷きになっている人たちの救出に奔走していた。「おーい、○○さんはいるか?!△△さんはどこだ?!」と名前を呼び、本人確認をしながら近所の人たちを救出していた。町の病院の寝たままの患者さんを一人一人担ぎ出してもいた。

私は、震災当日は救出活動をしなかった。というか、できなかった。近所にどんな名前の人たちが住んでいるのかさえ知らなかった。もちろん名前を知らなくても救出できたはずだ。ところが、普段から名前を知らなければ、いざという時に、顔さえも出てこず、住んでられることさえも認識せず、結局は人の命に何もしなかった自分を目の当たりにした。

震災当日、私が意を決したのは、靴下と教会台帳を取りに行ったことだった。日曜日に祭壇から人々に向かって、「隣人を愛しなさい」と聖書の言葉を語っていた自分が、一番隣人を愛していなかったことに、愕然と気が付いたのが、あの大震災だった。

(シリーズ名前 その2)