かんちゃん日記

2020年1月17日 (金)

震災関連ニュース 2020月1月

20200117 ten 阪神・淡路大震災25年
https://youtu.be/xgrwcpR65RY


2019年9月25日 (水)

震災関連ニュース 2019月9月

20190925 ten. 震災がつなぐ 神戸と台湾の絆
https://youtu.be/IVoprabZiuk

2018年9月30日 (日)

礼状

✞主の平和

この夏も各地で災害が続き心痛むことの多い中 早いものでもう10月を迎えようとしておりますが 皆様におかれましては ますますご清祥のことと存じます

この度は父 神田光造(フランシスコ・アシジ)の通夜 葬儀にご参列くださり誠にありがとうございました また生前多方面にわたり様々な形で関わってくださった皆様に 深く感謝申し上げます

父の人生の終盤は色々とやんちゃなことをしでかしてくれましたが本人は満足のいく91年の人生だったかと思います

足がペダルの位置に上がらなくなってようやく自転車を諦め その後どうなることかと案じましたが なんのなんの 二本の足で負けじと旅をしておりました

段々とそれも叶わなくなって ほとんど寝たきりになり そろそろ"年貢の納め時"で残念がっているのかと思いきや 父の口からは「僕は風船に乗ってどこへでもいける!楽しいね」という言葉 寝ながらでも楽しんでおりました

最後まで愚痴を言わずに(人生の)旅をし続けたことには敬意を表したいと思っております

父に倣って前へ前へ 上へ上への精神で 私たちも この大切な一度きりの人生を楽しく歩んでいこうと思っております 今後とも何卒よろしくお願い申し上げます

心からの感謝の気持ちを込めて
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2017年3月 7日 (火)

震災関連ニュース 2017月3月

20170307 キャスト 被災地臨時FM局の今
https://youtu.be/7EzWnIDjEEk


2011年7月10日 (日)

震災関連ニュース 2011月7月

20110710 こころの時代「出会いは希望の光」NHK
https://youtu.be/YYPjH3fwI0g

2011年3月26日 (土)

東松島市野蒜(のびる)地区へ

今日は朝から松島町町役場に行きました。松島町の町役場の副町長さんは以前たかとりに救援に来てくれた方でした。松島町は島々に囲まれて比較的に被害は少なかったのだそうですがそれでも被害は大変です。

松島町よりも被害の大きい隣の東松島市に一緒に行くことになりました。副町長さんも震災後初めて行くのだそうでちょうどよかったのです。天然ガスで動いているタクシーを手配して回ることにしました。タクシーの運転手は女性の方で実家が東松島市野蒜(のびる)地区の方でした。彼女も震災後初めてその地域に入るのでした。

タクシーに乗って20分ほどで、周りの様子はガラッと変わってしまいました。私も阪神大震災後、新潟、台湾、コロンビアの被災地に行きましたが、ここの現場に来て、これまでとは比較にならない惨状に言葉をなくしてしまいました。隣町の副町長さんでさえ言葉をなくしていました。運転手さんは精一杯地域の説明をしてくれてますがとても悲しそうでした。

道はなんとかタクシーで通れましたので直後はもっと酷かったのだろうと想像します。瓦礫の広がっているところに家々が立っていたとは想像もつかないです。なぎ倒された松の木に生活用品がぶら下がっているのに胸が詰まりました。野蒜駅の時計は2時46分で止まったままでした。一か所で自衛隊の人たちが行方不明者の捜索をしていましたが、それ以外にはほとんど人影はなくまだまだ手が回っていないのを知りました。ただここはボランティアのレベルではないと思います。

タクシーで町役場に戻る途中で運転手さんは「あっ」と言って、外の人に向かって手を振っていました。どうしたんですかと聞くと、「震災後、今初めて出会った同級生なんです」と涙ぐんでおられました。

添付の写真には入れていませんが野蒜小学校に行きました。地震後にこの小学校の体育館に避難した人たちが津波の被害にあった場所でした。被害にあった避難してきたの人たちの自動車が百台ほど無残にも放置されていました。写真はネットにアップしました。 https://picasaweb.google.com/108810211903027290027/20110325#

この度の災害はあまりにも広大で何に手を付ければいいのかさえ分からずにいます。ただ言えるのはご縁があってつながりのあるところとつながることしかないのでしょう。そういう意味ではたかとりは松島町とご縁があってつながるのかなと思います。そしてまた、これまでたかとりとご縁があった町々とも間接的につながって行くのでしょう。被災地では隣にいながら隣町の状況もテレビなどでしかわからず、副町長さんは今回こうして実際に自分の目で現状を目の当たりにし、改めて隣町の支援をなお一層強化することを心に決められました。

日本三景の一つ松島。いつか観光に行ける日を夢見て。。。
http://www.town.matsushima.miyagi.jp/

ps:日比野さんが撮った写真は以下です。
https://picasaweb.google.com/109868242949559116365/_325#

2009年7月16日 (木)

夏祭り

京都では祇園の宵祭り。。そこまでは行けませんが、ご近所のTさんに誘われて、すぐ近くの玉造稲荷神社のお祭りに行ってきましたよ。
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Tさんはまずお祈りから。。私は教会でちゃんとお祈りしてるから別にいいよね。。
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たかとりでももうすぐ地域の夏祭りがあるけど、いつも「駄菓子屋かんちゃん」のお店のおっちゃんやってるから、実は祭りを楽しめないんだけど、今日は別。。ほんとに久しぶりに金魚すくいなんかしちゃったのですよぉ。。。
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隣の子供たちの方が断然うま~い!私も負けずに、、、でも、7匹目で破いちゃいました。
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演芸舞台では太鼓の音に合わせてお姉さんが踊ってた。私も小学生の時は地元のだんじりに乗って夏祭りには太鼓を叩いてたんだですよ。
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ところで、今日はTさんのお誘いもあって出てきて、子ども心に戻って、100円もしたけど、おみくじなんかして、、、そしたら何と「大吉」!これは幸先がいい!?去年の7月からそれこそ「大凶」が続いていたこの一年だったけど、これで好転するかな?
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みなさん聞いて下さい!おみくじの後にTさんに券をもらって抽選くじをしたのです。そしたら、なんと一等賞!!びっくり!私はあんまりくじ運良くないんだけど今日は別。カランカランってカネを鳴らされてちょっと恥ずかしかったけど、素直にうれしかったなぁ。
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これで、きっと何かが好転する!と希望を持ったんだけど、、、もしかして、今日で運をすべて使いつくしたかも。。。┐(´д`)┌ヤレヤレ

ps:小学生の時の祭りの写真を見つけた!
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2009年7月14日 (火)

もっちんが死んじゃった

小学校1年生の時からの同級生のもっちんが死んじゃったよォ。同級生が亡くなると悲しいねぇ。周りを楽しくしてくれる子だったから余計に。。

実はほんとに久しぶりに3月21日にメールが来たんです。こんなメールをもらってて、会って励ましてあげられなくて、とても残念だぁ。。。

「こんばんは。助からない病気になりました。夢なら覚めてほしいけど覚めない。神戸の名医のもとで治療中です。一度話し聞いてね〓」

「なんか大変そうですが、よろしければ入院先をお教え下さい。時間を見つけて尋ねます。」

「ありがとうーひっそり入院してます。病院名も告げてせんー今の姿はみられたくないしm(__)m病名は大震災に関連ありますーとても信じる事できませんー外来治療になったら神ちゃんに会いにいきます。」

「それはそうだね。了解しました。大震災に関係あるってなんだろう?心的にはPTSD。外的にはあの当時石綿のことが問題になっていたからね。あとは分からないなぁ。でもまぁ、こんど言える時になったら教えてください。待ってます。」

「こんばんはm(__)m神ちゃんの予想通りの病名ですー毎日死と向き合ってる。でもこの神戸大好きな神戸に転院でき素晴らしい先生に僕なら治せると言ってもらい今まだ生きてる事に感謝。神ちゃん、あたりまえって凄い事やねーどんなに大事なことか。私は今流行りのおくりびと。あの仕事してたんよー二ヶ月やけど。子供の湯潅は泣いて出来ないなと思いやめたけどやり甲斐あったよーでも私がおくられびとになっちゃうわ(>_<)退院したら必ず会いに行きます。私に力下さいー絶対こんな病に負けたくないーおやすみ追伸神戸の夜景泣ける程綺麗p(^^)q」

「と言うことは、PTSD・・・外傷後ストレス障害なのね。大丈夫だぁ。。でも、がんばらないでね。ゆっくり時を待ちましょう。おくりびとの仕事をしてたんだぁ。すごいね。大切な仕事だよ。生きてる間に死と向き合うことってとっても大事なことだからね。死があるから生きる意味があるんだよ。短い人生だからこそ、精一杯、今のこの時を生きようと思うんだよ。私も生きてるって何だろうって時々考えるんだ。今の仕事はとても辛いから投げ出したくなってしまう。いつも笑顔でいたいけど、今の仕事は笑顔になかなか出合えないんだ。人間の憎悪の中に埋もれてしまいそうなんだ。でもやっぱり、そんな私をいつも救ってくれるのは、笑顔なんだ。人の笑顔を見てると生きる勇気が湧いてくる。私、いつも笑顔を探してるんです。99人笑顔がなくても、100人目の人から笑顔をもらうと、それだけで、99人をやさしく迎えることができる。そんな魔法の笑顔をいつも探していますよ。それが私の生きがいかしらね。そんな私にも笑顔を下さいな。じゃね、おやすみぃ。。。」

「有難うー最後にわたしは悪性中皮腫です。(>_<)忙しい遅い時間にゴメンねー」

「そうなんやぁ。そっちなんや。でも、さっきのメールはそれでも同じだよ。アスベストね。もっと辛いね。尼崎は震災に関係なくアスベストの被害が多いよね。住んでるところがクボタに近かったの?先生が治せるっていうから信頼しようよ。人間は自然治癒力ってものも持ってるよ。それを発揮するためには、心のストレスから解放されることだよ。きっと病気のショックでPTSDになってるからね。がんばろうって思わないで、ゆっくり今を感じることができれば、必ず乗り越えることができるよ。必ず会いに来てね!睡眠の邪魔をしてごめん。おやすみぃ。。。」

「神ちゃんにメールしてほんとよかったよ。(:_;)なんか落ち着いたよ。ゆっくり寝れるよー絶対行くから。おやすみ」

2009年1月27日 (火)

阿吽(あ・うん)

玉造にあるカトリック大阪教区本部事務局の玄関。
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ここには寺院ではないのだが、実に、狛犬(こまいぬ)があるのである。
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いや、そうじゃなくて、狛猫(こまねこ?)がある、いや、いるのである。
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あうんの呼吸である。

2008年12月29日 (月)

火の用心

いよいよ年の瀬もせまってきました。毎年暮れになると、地域の人達による「火の用心」が始まります。今年は神戸の野田北部には参加できませんでしたが、その代り、玉造で「火の用心」してきました。私がいま住んでいるところの地域の名前は岡山町。お向かいの竹田さんに紹介してもらって地域のみなさんのところへ。。。
「こんばんわぁ~」
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野田北部のように地域の人たちが集まる場所がなくて、こうやって住民の方の駐車場を利用して暖を取っています。晩なのでピントが合いませんが、ここは城星学園の正門のちょうど真向かいです。
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さぁ!出発です!「火の用~心!」カチッカチッ!
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最近は「マッチ一本火事のもと~」とは言わないですね。マッチあんまり使いませんからね。
さて、途中で神社の中にも入って行って、「火の用~心!」カチッカチッ!
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この神社は有名なんです。こないだTVにも出てました。玉造稲荷神社って言うんです。知ってはりましたか?伊勢神宮まで歩いて2週間ほどかけて行かれるそうですが、その出発の神社なんですよ。お伊勢詣でですね。。。
このあたりは大阪城のちょうど南側に位置していて歴史的にもいろいろといわれのあるところが多いです。昔はもっと賑やかだったんでしょうね。カテドラルの周辺も歴史の散歩道と名付けられた歩道が通っていたりして味わい深いんですよ。
みなさん、お疲れさまでした!来年はシスターたちも一緒に参加しようね。
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ところで、「火の用心」に行く前に、実はお向かいのお宅で御馳走になってから出発したんです。竹田さんの同窓生たちが集まっておられました。「遠慮なく、いただきま~す。」
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何やら右側のお兄さんが短冊を手に唄を歌い始められましたよ。
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お兄さんは詩吟の先生でもあられるそうで、朗々と読み上げてくださいましたよ。
短冊には源氏物語の和歌が書かれてありました。
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これは竹田さんが書かれたのですね。
いやぁ、みなさん、高尚な趣味をお持ちですねぇ。。。

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