なんちゃん
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8時半から会場準備始まる


9時半 聖霊降臨祭のミサ
集合写真撮るよ~
オープニング
ウクレレを作ってくれた伊達さんの演奏で1曲披露。。。みんなは疲労。。。
乾杯~!!!
西條遊児さんも司会で応援してくれた。
ほたる灯コンサートのみなさんの歌は絶品でした。


みんなにぎわってます。。。



ベトナム人ラッパー ナム君
ペーパードームの移設地である台湾から絵が贈られた。
お返しに台湾へ南木曽のまな板と種が贈られた。
cf: http://www.homeland.org.tw/homeland/indexDetail.php?ed_id=136
地域の皆さんは餅つきを準備してくださった。
臼ともち米は南木曽からだ。

マリンバ演奏
長田の宮神撫太鼓+なかよし太鼓のみなさんは総勢40人でした。
地元住民の長楽(長寿会)すみれ会のみなさん
素敵なチャイナドレスに着飾って、、、
あっ、くめさ~ん、おみ足が、、、
エルヴィス中野オンステージ、、、実は高校の先生。
難解キャンディーズ?
ベトナム人シンガーtrisu(ティウ)君
スティールパンオーケストラはドラム缶で作った楽器で演奏するのだが、リズミカルな音楽の完成度は高かったなぁ。パーティは最高潮。
韓国学園の人たちによる扇の舞。
パーティの最後にみんなでたかとりのテーマソングを歌ったよ。
上記の写真はすべてみやこちゃんの作品。。。
(photo by MiyakoHibino)
ここからは付録。。。他の角度からの写真も。
(photo by WadaKan)



cf:
http://www.nodakita-furusato.net/modules/myalbum/viewcat.php?cid=82
http://fmyykim.exblog.jp/5766916/
http://web.mac.com/ellenycx/iWeb/PhotosCSMBlog/FM%20waiwai%20Takatori%20Re-opening.html
http://www.cwjpn.com/kiji/3909/1p-shinsei_takatori2007.htm
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000355084.shtml
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いよいよこの時をむかえることとなった。「まちが復興するまでは教会は建てない」。大阪教区のの立てた方針の中、たかとり教会は実践で12年間を歩んできた。正直言えば、建てないというよりも建てるどころではないということだった。被災地の救援基地として歩み始めたたかとり教会は多くの仲間たちと出会い、これからもまちづくりひとづくりの拠点としてすすんで行くことだろう。
<カトリックたかとり教会 献堂式、竣工式 式次第>
たかとり教会 献堂式
入祭 典礼聖歌 163 「よろこびに」
水の祝福と潅水式
潅水 典礼聖歌 158 「門よとびらを開け」

栄光の賛歌
ことばの典礼
第一朗読 イザヤ56:1、6-7
答唱 典礼聖歌 102 「しあわせな人」
第二朗読 エフェソ2:19-22
アレルヤ唱 典礼聖歌 276
福音朗読 ヨハネ1:1-5、10-14
大司教説教
信仰宣言
献堂の祈りと塗油
典礼聖歌 343 「諸聖人の連願」
献堂の祈り
祭壇と聖堂の壁の塗油
祭壇と聖堂への献香
祭壇と聖堂の照明の点灯
ベトナムの祈り(踊り)
感謝の典礼
奉納 典礼聖歌 173 「わたしたちは神の民」
感謝の賛歌
平和の賛歌
拝領 典礼聖歌 123 「主はわれらの牧者」、135 「主をたたえよう」
聖歌 バッハ・カンタータ 「主よ、人の望みの喜びよ」

竣工式
謝辞
祝いの言葉
南木曽町 代表
<ここまでの写真 photo by Nishimura>
<ここからの写真 photo by Hirano>
祝福と派遣
閉祭 典礼聖歌 29 「エルサレムよ ほめたたえよ」
祝賀会

<カトリック時報掲載記事>
震災から12年 よろこびのたかとり教会献堂式
一九九五年一月十七日に発生した「阪神・淡路大震災」によって大阪教区は人的、物的に甚大な被害を受けた。建て替えをよぎなくさせられた三つの教会に関して、すでに「神戸中央教会」は二〇〇四年十月二十三日に、「住吉教会」は二〇〇六年六月十七日に、それぞれ再建された教会の献堂式が行われた。ようやく今年五月二十六日、残る「たかとり教会」の献堂式が執り行われた。これにより大阪教区として、震災による被害の物的な復興は一応終結したといえる。たかとり教会献堂式の様子については、同教会信徒の速水晴子さんが次のとおり報告する。
5・26 献堂式ミサ
前日の悪天候から一転、快晴の五月二十六日、約四百人が参加し、たかとり教会の献堂竣工の祝いのセレモニーが行われた。午後二時「喜びに心をはずませ神の家に行こう」と歌われる中、司祭団が入場。池長潤大司教の司式により「喜びとともにこのミサをささげましょう」の言葉で献堂のミサは始められた。水の祝福と潅水式の後、ことばの典礼に入った。第一朗読(イザヤ56・1、6-7)、第二朗読(エフェソ2・19-22)、福音書朗読(ヨハネ1・1-5、10-14)の後、池長大司教は震災後の十二年間をふり返って次のように語った。
「阪神・淡路大震災から今日まで本当にいろいろなことがありました。体験された方は大変だったでしょう。教会はすべて壊れましたが、地域とともに大きな体験をしました。復興のために近隣と手をつなぎ一体化する拠点となりました。世界の国々もそれを知りました。自分のことを忘れて人のために何かをするという行動は福音の姿そのものです。多くの方々の骨折り、たとえば木材を提供してくださった南木曽の人々、自ら病気をかかえながら久留米からかけつけてくださった医師、自らの傷を忘れてボランティアとともに働き、被災者を助けた地域の人々もいます。それは、人間とはどういうものかを実証したのです。しかし時がたつとその底力が忘れられてしまう、これも人間の弱さでしょう。ヨハネ福音書の『言』はイエスご自身です。人となられたイエスとはどういう方なのか。非の打ちどころのない方、震災後に人々が自分の中に感じた光であり、神の性質を体現された方、人のために生きぬいた方、人を愛し、愛とは何かを存在そのもので教えられた方なのです。
『言は肉となってわたしたちの間に宿られた』(ヨハネ1・14)この『宿られた(スケヌーン)』は幕屋(テント)を張って住んだという意味で、出エジプト記にありますが、会見の幕屋(神との交わり)には神の栄光が満ちていました。神と出会えてイスラエルの民は四十
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