ペーパードーム・レター特別号
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1月25日の立柱式は成功でした。
新故郷基金会のホームページをもとにまとめたものをご覧ください。
野田北ふるさとネット
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台湾に残ったメンバーはその後も色んな交流会に参加。
その中でも以下のイベントの完成がが楽しみだ。何してるのかな?
実はたかとり教会に飾ってある高木画伯の絵をタイル絵にしてるとこなんです。
ご近所のヨシボンこと高木さんは青池監督のページでも紹介されていますよ。
http://www.h5.dion.ne.jp/~vhanshin/takagi/index5.html
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今日はいよいよペーパードームの立柱式です。何やら準備が始まってますよ。
まずは何やら楽器を鳴らしてお祈りらしきものが始まった。
始まったのはいいんだけど、こちらも次のことがあるので静粛には見ることができず写真だけおさめて準備開始!昨日教会で借りてきた祭服と道具をセット。ところが全部一人では持ちきれない。どうしようかなぁと思っていたら、イベント最後の小学生の太鼓の準備をしていた子どもたちがいた。彼らも準備で大変だったのだろうけど、無理やり「手伝ってねぇ」って引っ張り込んじゃった。
子どもたちとはもちろん言葉が通じないけど、通訳の人に頼んで即席で練習。そして、みんなの前で一気に本番!即席に適当(じゃない!)にお祈りをして祝別式が始まった。
子どもたちちゃんと着いてきてくれるかなぁ。
あ~子どもたちありがと~。とてもよかったよぉ。助かったよ。。。というわけで、突然言われた祝別式も子どもたちのお陰でちゃんと済ますことができました。
式で使った聖水はどうしようかと思ったら、浅山会長が自ら、「建物の四隅にまいて置くよ」って言われてそうしてもらいましたよ。写真レポーターはせっちゃんです。
さて、その後は原住民の人たちのお祈りがあったけど、残念ながら写真を取れなかった。そして、引き続きあの子どもたちの太鼓の演奏。。。その音に合わせて、いよいよメインイベント!紙管の柱が丘の上から降りてきた。
さて、最初の一本目を持ってイベント的に立柱式が始まった。私と一緒に柱を担ぐのは、、あっ、昨日の市長さんだぁ。
柱を持ちながらは撮影できなかったのですが、次々と柱が立っていった。
というわけで、まだまだ式典は続くのですが、、、
私は一人早めに帰国しなければならなかったので名残は惜しかったけどペーパードームとさよならすることにした。
ペーパードームの竣工式は9月21日の台湾地震の日です。
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南投県埔里(Puli)鎮桃米というところにきている。この辺りは蝶々が一杯でその生態を研究しに多くの人が訪れるらしい。だから結構民宿もたくさんある。私たちはここで泊まったのです。民宿の名前は忘れちゃいましたけど。
さぁ、いよいよペーパードームを見に行くよ。出かける前にオーナーはお茶をご馳走してくれました。私、朝目がまだ覚めていなかったのか、何かボケちゃってモノが二重に写るんです。。首を何回か振ってみたけど二重に写るんです。。。でも、よく見るとそうじゃなくって、、、急須の出口が元々二重だったんです。。。変なのぉ。。でも注ぐのが抜群に早い。なんと合理的?な急須なんでしょう。。。
さぁ、出発、、、un?
あ、天川のお姉さぁん、早く早く、、、
もぉ、そんなとこでエマニエルしてる場合じゃないですよ。
この辺りは檳榔(びんろう)の木が一杯なってます。
この木にドングリのような実がなってそれを食べるんです。食べるというよりしがむんです。台湾ではよくドライバーたちが眠気覚ましにガムのようにして食べるんです。とても人気があるんですけど、どうも発ガン性物質があるとかで少しずつ自粛ムード。この檳榔は道端どこでも売っているのですが、売っているお姉さんたちがそれはそれは下着同然の姿で売ってるんです。あっ、ほらほら、、檳榔を買いに来たおじさんと売ってるお姉さんが、、ほらほら。。あっ、なんだぁ、天川のお姉さんじゃないのぉ。。
さぁて、やっと出発。すぐ近くの小学校の掲示板には明日の立柱式の案内ポスターが貼ってありました。
案内のPDFファイルはこちらです。「PD080125.pdf」をダウンロード
その小学校の中に入ってゆきました。
あっ、、、向こう岸に、、、あっっ!!
あ、あれは、ペーパードームじゃないですか!うわぁ~うわぁ~。。。思わず声を上げてしまいました。まだ柱は立っていないけど、まぎれもなくペーパードームです。感動の再会です。再会を祝してポーズです。
この小学校とペーパードームの間に黒板の樹ってのがありまして、そこから覗くペーパードームもおつなものでした。でも、何で黒板の樹って言うんだろう。ここから黒板を作るんだろうか?ねぇ、神戸黒板の節ちゃん、おせぇて。
いよいよ、川向こうに回ってもっと近くで見るぞぉ。う~~見えてきたぁ。。
これが、全貌だぁ。。1(ワン),2(ツー),3(スリー)。。。
こうやって見てると、「ただいまぁ」って言いたくなってくる。何かたかとりにいてるのと錯覚してしまうよ。
さて、ゆっくり感傷に浸ってる場合じゃない。みんなで明日の準備のために柱を運ばなければ。。さて、どこに、、あったあった。。。
この柱、紙で出来てるからって軽いわけじゃない。思い思いが一杯詰まってるから、重い重い。。ほんまに。。
お~っ、力持ち!と思ったら、、これはサンプルのイベント用でした。。。ちょっとちょっとぉ、チャンバラして遊ばんとってよぉ。。
彼らはほんとの力持ち。明日のイベント用に準備が整いました。
近づいてみると、ほんとに懐かしい。まだ柱は立っていないけど確かにあのペーパードームだぁ。
でもただ一つだけ違うところがあったんです。
そう、なんと、地下室が出来ているのです。ここは事務所やインフォメーションの部屋として使われるそうです。知らぬ間にペーパードームも進化してるんですね。
さて、準備もそこそこに私たちは食事に行くことになりました。なんか豪華なレストランです。そこの個室で皆が来るのを待っていたら、見知らぬ女性たちが次々に入ってきました。えっ、部屋を間違えたのかな、、先方もニコニコしてるし、、もう勝手に座り始めるし、、えっ?コンパニオンの人たち?
と思ったら、、部屋間違えでも、コンパニオンのお姉さんたちでもありませんでした。なんと埔里(Puli)鎮長ご一行様たちでした。つまり、埔里(Puli)の市長さんたちでした。で、どなたが市長さんかっていうと、、この写真の真ん中におられる方です。
そう、女性の市長さんで馬文君という名前です。まだ30代だそうですよ。ビックリしました。聞けば台湾では決して珍しいことではないそうです。
という分けで、一緒に会食となりました。ここで出てきた食材はすべて埔里(Puli)で取れたものらしいです。有名な食材が並んでします。何か分かりますか?味も関西風?でとても美味しかったです。
余談ですが、、
台湾にもカセットのガスコンロがあるのですが、ちょっと日本のとは違っていました。何処が違うって?ほら。。ね。これの方がいいでしょう。外で風が吹いても大丈夫そうですね。キャンプにはもってこいですよ。

食後は、原住民の人たちの住んでいる山の上に行きましたよ。なぜ行くことになったかというと、実は明日の式典で私がお祈りをすることになったのですが、こんなタオルを巻いた兄ちゃんがやってもあかんやろから、ちゃんとした式服と祝福で使う道具を借りたいと言ったのです。そしたら現地の人が原住民の人たちのいる山の上の教会を紹介してくれたんです。で、それは珍しいこととみんなで行くことになりましたのです。行く途中でお茶屋で神父さん(茶色の服を着てる人)と落ち合って教会まで案内してもらいました。
この教会の建物の横には教会が管理している別の建物があって、ここでは住民の人たちに生活のためのお金の貸付をしているそうです。貧しい人たちの生活支援をしているんですね。
そして、ここでみんなで記念撮影をして、道具を借りてと思っていたら、実は道具はここにはなくて埔里(Puli)の町の教会にあるというんです。神父さんだと紹介された人も実は元神父で今は神父をやめて町の議員をしてる人だったのです。えっ、ほなら何でここまで連れて来られたんやろ?わからんです。未だにわからんです。
私たち一行は台湾の人たちにお任せで案内してもらっているのですが、実は今から何を案内されて何が起こるのか分からないんです。突然すべてがその場その場で決まってゆくのです。日本ではあまり考えられないのですが、それが台湾流? まぁ、でも、それも良し。すべては神様におまかせ。。LET IT BEの精神ですね。
というわけで、次に連れてこられたのは、市役所。ここで、先ほど食事で一緒だった市長さんと交流会。。
私は途中で抜け出して、埔里(Puli)のカトリック教会へ。
ここで先ほどの元神父の後輩の神父さんに頼んで道具を借りることとなりました。この神父さんは神父になって15年。でも私と同い年でした。私は神父になって20年だから、ここの神父さんは神父になる前に5年ほど働いてはったのかなと聞いたら、5年間は兵役だったそうです。そっかぁ、国が代われば事情も違うんだなと実感したしだいです。
夜はまちづくり関係者たち百数十人が台湾中から集まり、そこで話をすることになりました。明日はいよいよペーパードームの立柱式です。
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2年半ぶりに彼女に会いに台湾に行きました。。。彼女って、、ははぁ、ペーパードームですよん。2005年6月23日に神戸港を出て台湾に行ったペーパードーム。どんなになったのか楽しみぃ。。ドキドキ。。。キャセイ航空の飛行機に乗り、現地時間13時15分に台北に到着。。出迎えてもらって車で一路台中へ。。。でも、今日はまだ彼女には会えないんだぁ。。台湾に被災地のど真ん中に来たよ。まず最初に行ったのが、「921地震教育園区」というところ。
淡路の北淡町に野島断層が保存されている「北淡震災記念公園」があるけど、そこと同じものが台湾にもあるんです。ただ、、、、、
ただ、、、、、、
規模が、、、
違うううんですぅ。。。
これは1階、2階、3階が一つにサンドイッチになったところ、、、こんなとこに挟まれたら痛い!!どころじゃないです。
神戸の私たちにはこの光景は見慣れた光景です。。。町中がこんなでした。。でも、今はもう目にすることはないです。でも、ここは、そのままを残してあるのです。言葉で語るよりもそのままが語る迫力は全然違う!
実は、ここは元々小学校があったのでした。その小学校のグランドのど真ん中に断層が走りこんなにもなってしまったのでした。
断層の段差はこの写真でよく分かります。緑の低木は同じラインだったのです。それが段違いになっちゃって。。。
教室もそのまま残してあります。
地震が起こる仕組みをちゃんと学習も出来るんです。
この部屋では台湾地震の時と同じ揺れを体験できるんです。神戸よりも揺れは長かったようです。
ここは、地震で潰れた建物の中に閉じ込められた状態を体験できるんです。
誰が無理やり入れられてるの~~。。。
震災の出来事を忘れないように、、、
震災からいっぱい学んだものを忘れないように、、、
きっと台湾の被災地の人たちも大変やったけど、人の温かさに触れ、
「人間捨てたもんやないでぇ」って思ってはると思うよ。
夜は神戸からの8人と台湾の人たちと夕食で交流会。ここの学生たちは明日のペーパードームの立柱で活躍してくれるそうです。
明日はいよいよペーパードームとの再会だなぁ。。。
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台湾・神戸まちづくり情報誌第5号 ←click
今回の内容は、コミュニティビジネスに関連した二つの話題です。
●台湾側は、被災した原住民集落「達観」でコミュニティビジネスをめざす取り組みです。中心人物の阿豪は以前の市民交流会で神戸へ来たメンバーの一人です。
●日本側は、TCCのメンバーでフェアトレードを通しコミュニティビジネスに係る「アジア女性自立プロジェクト」です。
なお、遅れていたペーパードームの工事も進捗し、来年1月25日立柱式(上棟式)が行われることになり、神戸から8名が参加の予定です。
野田北ふるさとネット
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台湾・神戸まちづくり交流誌創刊号
「台湾-神戸・被災地市民交流会」から、一昨年震災5周年の台湾を訪問し、昨年震災10年の神戸に、訪問先の台湾市民をお迎えし交流を深めました。そして、そこから「ペーパードームたかとり」の再生計画が始まった。ペーパードーム-台湾再生プロジェクトの経過を、台湾の新故郷文教基金会のニュースと、神戸からの便りを合わせ、「ペーパードームレター」として、お伝えして行きます。
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神戸新聞の磯辺さんが記事を書いてくれています。(引用)
一九九九年九月に発生した台湾中部大地震の被災地に、神戸市長田区から移設されることになった紙の建築物「ペーパードームたかとり」の起工式が十九日、台湾中部の南投県埔里市桃米村であった。神戸から住民ら六人が参加し、現地の被災者や行政関係者ら約三百人と着工を祝った。
ペーパードームは、阪神・淡路大震災で焼失した長田区の「カトリックたかとり教会」の敷地に建てられた。直径三十三センチ、高さ五メートルの厚紙の柱五十八本でテント製の屋根を支える。教会の再建に伴い、昨年六月に解体された。
昨年一月、台湾の被災地でまちづくりをすすめる民間団体「新故郷文教基金会」の廖嘉展代表(44)らがドームの受け入れを表明。桃米村の農地に移築が決まった。約一万平方メートルの敷地に建てられ、被災地内外の人の交流拠点となる。
起工式で移設にかかわった森崎輝行さん(58)は「神戸でも人と人のつながりが復興を支えてきた。美しい場所にペーパードームが再建されることになり、大変うれしい」とあいさつ。廖代表は「日本からは多くの支援があった。『愛と助け合い』を合言葉に頑張っていきたい」と笑顔で話した。(磯辺康子)
神戸新聞 061120
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